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 赤と黒のボーダーシャツ。ブラックレザーのパンツにウェスタンブーツ。
長い髪の毛先をパンキッシュに散らしている。そして何よりも目立つ黒い眼帯。
 ジキルはチェアーに腰掛けたまま、うんざりしたように首を回した。
 「核兵器。戦略爆撃機。空母。これ以外の物なら何でも調達できる。そうだな?」
「…………」
 チャイニーズマフィアの問いにも、彼は答えなかった。
そっぽを向くように窓に顔を向ける。窓の外には、東京の夜景が広がっている。
 「駆逐艦までならすぐに用意できるという話も聞いている」
「……」
 「なぜ君が最新鋭の武器・兵器を入手することができるのか。それが気になってね」
 「…………」
 「ベトナム戦争後のアメリカで生まれ、若い頃は中東を飛び回っていたそうだが。その時にどういう人脈を築いたんだ? どういうルートで武器を仕入れている?」
 「聞かれたからて、言うたらアホやで」
 「だからここへ呼んだ。どうしても協力して欲しい」
 そこまで言うと、幹部は手下に顎で合図した。
その刹那、強烈なパンチがジキルのボディーをとらえた。
 「ぐうっ!」
 腹を殴られた衝撃で、ジキルは体を折り曲げようとした。
しかし後ろで髪の毛を掴まれ、姿勢を崩すこともできない。
 再び、腹に拳が打ち込まれた。
 「げほっ!」
「少し手加減しろよ。こんなチビ、すぐに壊れちまうぜ」
 「ああ、わかってるって」
 手下同士が会話をしている。腕っぷしの強そうなマッチョと、陰険そうな狐顔の男である。いずれも、ジキルに温情をかけるつもりはないようだった。
 鈍い音が、何発も腹に叩き込まれる。
その都度ジキルは細い体を二つに折ろうとするのだが、すぐに後ろに引き戻されてしまう。
 がら空きの胴体に、無遠慮にパンチが沈んだ。
 「ううう……」
 食いしばった歯の間から、苦悶の声が漏れた。
俯いたジキルの顎を掴み、幹部が無理矢理に顔を上向かせる。
 そして再び、左の頬に平手打ちを食らわせた。
 「君の独自の武器入手ルート。喋りたくなったら、いつでも喋っていいんだよ」
「ま、待て。……ええこと教えたる」
 「何だい?」
 「あ…あのな……」
 「ん? よく聞こえん」
 「アイドルユニットの『MasakaSana』のゴスロリ衣装な……あれデザインして作ったの、ワシやねん」
 絞り出すようにジキルは告げた。
幹部は、手下に質問を試みた。
 「『MasakaSana』って何だ?」
「小学生アイドルですよ。『メルティピンク』の二人の」
 「『メルティピンク』は四人だろう」
 「いや、だから四人組の『メルティピンク』の中の二人が別に活動してるユニットが『MasakaSana』で」
 狐顔の男が情報を提供した。
とたんに、マッチョの表情がほころんだ。
 「ああ、雅香ちゃんと紗菜ちゃんの二人だ」
「サイン、貰えまっせー」
 「本当にっ?」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「ジキルッ! ふざけるのもいいかげんにしろっ!」
 ようやく、事態が飲み込めたようだった。
しかしその後ろで、
 「ま、雅香たんのサイン……」
 と、悶絶するマッチョがいた。
 「わ…わかった。ほな、別のええこと教えたる」
「今度は何だ」
 「ワシの放出品屋の方にな……ロック・シンガーの日向夏樹がよう来るねん!」
 「ほう、それは凄いな」
 「あとなあとな! 何年か前、日向夏樹と覆面ミュージシャンの期間限定ユニットあったやろ。紅白にも出た」
 「あー、紅白でバック宙した奴だな。確か、日向夏樹 featuring……」
 「あのベースの人、新宿でショット・バーやってんねん。ワシ、その店の常連やねん」
 「へぇー、いいなあ」
 「サイン、貰えまっせー」
 「…………」
 「…………」
 「ジキルくん」
 「あン?」
 マフィアの幹部は、ジキルの腹に膝蹴りを叩き込んだ。
 「ぐふうっ!」
 衝撃で、チェアーが倒れそうになる。狐がそれを支えた。
ジキルは激しく肩を震わせながら、苦痛と嘔吐感を堪えた。
 「減らず口を叩けないようにしてやる」
 そう言うと、幹部はポケットから何かを取り出した。
懐中電灯ぐらいの大きさの黒い物体。先端から角のように二本の棒が突き出している。かなり大きいサイズのスタンガンだった。
 「超高電圧だ。人体に当てたらどれぐらいのショックか、私も知らない」
 言いながら、男はジキルの目の前で、スイッチを押して放電させた。
激しいスパークと同時に、独特のアラーム音が響き渡る。
 敵を威嚇するために搭載されている機能なのだろう。
 「さあ、少しは真面目に話をしようじゃないか。さもないと……」
 瞬間、ジキルは服の袖の上からスタンガンを押し当てられた。
 「うわあああっ!」
 大きな音を立てて、彼は椅子ごと床に倒れた。
凄まじい衝撃だった。一瞬の接触であったにも関わらず、数本の針を束ねて刺されたような激痛が彼を襲った。
 「う…あ、ああ……」
 体中が痺れ、心臓がバクバクと早鐘のように動いた。
まったく体を動かすことができなかった。
 「なぜ、最新鋭の武器を扱うことができる? どこから流されているんだ?」
「……ど、どアホ。誰…が……」
 「ほう。この電撃を食らっても口がきけるのか。大したもんだ」
 男は再び、床に転がっているジキルの太腿にスタンガンを押し当てた。
 「んぎゃああああっ!」
「素直に白状すれば、これ以上痛い目にはあわせない」
 「……ひっ、ヒ……、……ッ…」
 「椅子が邪魔だな。外せ。もう暴れないはずだ」
 「はい」
 幹部の指示を受け、大柄な男がジキルの枷を椅子から外した。
そして新たに両手枷、両足枷をフックで繋ぐ。
 ジキルは転がされた状態で、額の汗を拭うように、カーペットに頭を擦り付けた。
 長い髪が床に広がり、首筋にまとわりついて、汗で貼り付いていた。
 「そうやって俯せに転がってると女みたいだな」
「お前、身長はどれぐらいだ? 150センチぐらいか?」
 二人の手下が靴で踏みつけながら、弄ぶようにジキルの体を転がした。
 「ひゃ…159.9センチやっちゅうねん……」
「ギャハハハハ。まだ喋れんのか。根性のあるチビだ」
 「小学生ぐらいにしか見えねえのにな」
 喋っている手下の後ろで、幹部はスタンガンをポケットにしまい込んだ。
そしてゆっくりとジキルに近付き、靴の先で腹を蹴り上げた。
 「がはあっ!」
「しぶとい奴だ」
 「……はあっ……はあっ……」
 「残念ながら、100万ボルト以上の電圧の物は取り揃えていなくてね。ただ……」
 男はスーツの内ポケットから、別のスタンガンを取り出した。
先端の電極の部分を見せるように、ジキルの顔の前に突き出す。
 「こうやって威力を高めた物なら所持している。試してみるか?」
「…………」
 ジキルは目を見開いて、息を飲んだ。
二本の電極の先が、ヤスリで鋭利に削られている。まるで棘だ。
 「もう一度聞こうか。答えは?」
 返事のかわりに、ジキルは唾を吐いた。
すぐにボーダーシャツの裾が乱暴に捲り上げられた。
 次の瞬間、バチバチッと音がして、かつて味わったことのない激痛が脇腹を襲った。
 「ギャアアアアアッ!」
 陸に上がった魚のように、ジキルの体は大きく波打ち、跳ね上がった。
焼けた鉄串を突き刺されたような痛み。火傷をしたような感覚。
 衣服の上からとは比べ物にならない強烈な刺激だった。
 「ふっふっふ。筋肉が痙攣してるぞ」
「く…くそ……」
 「どうやら君は拷問に慣れているようだな。これぐらいは何ともないように見える」
 「ううっ……」
 「その目も、拷問で失ったという噂だ……湾岸戦争後の中東で。それは本当なのか」
 「…………」
 「まあいい。本国へ連れ帰って吐かせてやる。どんな手を使ってもな」
 ジキルは黙ったまま、朦朧とした様子で天井を見つめていた。
 ジキルの災難(weiss version)-03へ続く
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