「……クククッ」
デッドマンが部屋に入るなり、ベッドの中でジュリアスは笑った。
無言で扉を閉めて、デッドマンは部屋の奥へと歩を進めた。
室内は、掃除が施されていた。先ほどジュリアスが吐いた血も拭かれ、床はぴかぴかに磨き上げられている。新しく入ったナヴァホ・インディアンの使用人が働き者なのだと、誰かが言っていた。
ジュリアスは、嘲るような目つきでデッドマンを見た。
「自分じゃ、ちょっと前からわかってた。血を吐いたのは今日が初めてだけどな」
「……」
「あんたのことだから、治療をする気はないだろう。フフフ、歓迎するよ。今まで通りの生活で構わない。体を酷使すればするほど、俺の死期は早まる」
デッドマンは黙っていた。表情一つ変えず、ジュリアスを見つめている。
ジュリアスは含み笑いをしながら上体を起こし、ベッドの上で両膝を立てた。そして足を大きく広げた。ガウンがはだけて股間があらわになる。
「遊ぼうぜ、ボス」
「……」
「もっと血を吐かせてくれよ。激しい責めで、俺の命を削ってくれ」
ジュリアスは妖しく笑った。ゴールデンフォックスという呼び名に相応しい微笑だった。
デッドマンは、何も言葉を返さなかった。
射抜くように鋭い双眸が、じっとジュリアスを凝視している。
やがて、デッドマンはつかつかとジュリアスに歩み寄った。
反射的にジュリアスは歯を食いしばった。張り倒されると思った。もちろん、そうなることは覚悟の上だった。
しかし目の前の男は手を上げなかった。代わりにジュリアスの頭を鷲掴みにすると、グイッと引き寄せた。
そして、いきなりその唇を奪った。
「……っ!」
予想もしていなかった相手の行動に、ジュリアスは怯んだ。
口髭が皮膚に触れた。初めての感触だった。
生暖かい唇が、ジュリアスのそれを吸い立てた。強く吸引され、ジュリアスの体から力が抜けた。
デッドマンはジュリアスの顎を掴んで口を開かせ、その中へ舌を滑り込ませた。飢えた獣のようにジュリアスの唇を貪る。差し込んだ舌を小刻みに動かし、歯の隙間をこじ開けた。
「んん……」
ジュリアスは抗わず、デッドマンを受け入れた。
熱い舌が口の中を跳ね回る。歯茎をなぞられ、歯の裏側まで舐めしゃぶられた。暴れ回る舌に、ジュリアスは息もつけなかった。
まるで、生気が吸い出されてしまいそうなキスだった。
ジュリアスがデッドマンの手に堕ちてから六年、初めての体験だった。彼にキスなどされたことがなかった。自分の口は、ペニスをしゃぶらされることと、悲鳴を上げるためにだけ存在していると思っていた。
ぬめぬめとした唾液が注ぎ込まれてくる。全身の緊張が解け、弛緩していく。ジュリアスは思わず、自分から舌を突き出した。
デッドマンはジュリアスの舌を受け止めた。舌先から根元まで、じっくりと味わうように弄ぶ。舌を歯で軽く噛み、唇で挟んで吸い立てた。
「んう…あああ……」
ジュリアスは舌を震わせて、身をよじった。
背中にデッドマンの腕が回る。強く抱き締められながら、そのまま押し倒される。
デッドマンは唇を離さず、ジュリアスの口腔を嬲り続けた。
ジュリアスは夢中で舌を動かした。舌と舌が絡み合い、ピチャピチャと音を立てる。密着した二つの唇は唾液にまみれたまま、柔らかく撓んだ。
やがてデッドマンは舌を引き抜き、唇を横へずらした。
ジュリアスの頬から首筋にかけて、ゆっくりと唇を這わせる。
「んあ、あ……」
ジュリアスは体を強張らせた。その緊張をほぐすように、デッドマンはジュリアスの耳元に熱い息を吹きかけた。そして、
「ジュリアス」
そう、小さな声で囁いた。
言葉はそれ以上は続かなかった。
デッドマンは耳たぶを噛み、舌先で溝をなぞった。ジュリアスの息が激しく乱れた。肩をすくめ、頭を左右に振る。
「ああ……ああ……」
首筋から胸元にかけて、淫猥な唾液の跡が残った。
デッドマンは、ジュリアスのガウンを脱がせ、白い肌を露出させた。脇腹と太腿の火傷の箇所には包帯が巻かれていた。
そのまま、胸に指を滑らせた。痩せこけて、薄過ぎるほどの胸板だった。
透き通るような白い肌の表面に、二つの小さな突起があった。デッドマンは胸の隆起を掌で撫でながら、片方の突起に吸い付いた。
「はっ…はうっ」
ジュリアスが全身をビクッと震わせた。すぐに乳首が硬く勃起した。
じりじりと少しずつ性感が高まってくる。こんな感覚は経験したことがなかった。
未知の感覚にジュリアスは戸惑いながらも、期待に胸を高鳴らせていた。
デッドマンが服を脱いだ。それも、初めてのことだった。普段の彼は、小便をする時のように性器だけを出し、用を足していた。
目の前の裸体を見て、一瞬、ジュリアスの瞳孔が開いた。
皮膚の一部、かなり大きな範囲が黒く変色している。古い傷痕だった。おそらくはリンチの名残だろう。捕虜収容所で何が行われていたかということは、噂でしか知らなかったが、ジュリアスは恐怖に顔を歪めた。
そんなジュリアスの視線には気付かないふりをしながら、デッドマンは再びジュリアスに接近した。裸の胸が重なり、体温が伝わる。
生身の温かさを感じて、ジュリアスの心に安堵感が広がった。その思いを彼は振り払った。六年間の虐待を忘れたわけではない。それなのに、自分の意志とは関係なく、心は解放されていく。思わずジュリアスは哀願した。
「ボ、ボス」
「……ん?」
「や、優しく……しないで…っ、た…頼むから……」
「……」
返事はなかった。
デッドマンはジュリアスの脇に寝そべると、彼の頭の下に左腕を差し入れた。その手で肩を抱くように、体に腕を巻き付かせた。両腕を失っている分、ジュリアスの体は通常よりも細い。指先がすぐに乳首の先端に触れた。
「ああっ」
ジュリアスは身をよじった。しかし肩を抱かれていて、身動きできない。
デッドマンはジュリアスの乳首を弄びながら、再び唇を寄せた。ついばむように唇を重ね合わせた後、焦らすように首筋を舌先でなぞった。
「はああ、あ、あ……」
ジュリアスは頬を上気させ、吐息混じりの声を零した。
柔らかい舌が、首から下へと滑るように動く。鎖骨を噛み、胸元にキスの雨を降らせた唇は、とうとうもう一つの乳首に到達した。
性感の凝縮した突起に舌先が触れる。同時に左側の乳首を指で突つかれた。
「んあううっ……あっ、はああ……うっ、くふう……」
我慢できず、ジュリアスは悶えた。
乳首を触られる時は、乱暴に抓られて捻り上げられるのが常だった。火で焼かれたこともあったし、注射針を何本も刺されたこともある。
今日のように優しく弄ばれたことなど、一度もなかった。
ジュリアスは焦れながら、太腿を擦り合わせた。ソフトな愛撫に体が慣れていないのだ。
「ボス…お願い……もっと、強く……」
「……」
「強く……じゃないと、俺…っ、俺……こ、恐いよ…」
懇願は聞き入れられなかった。
ジュリアスの肌に、赤い花びらのようなキスマークが幾つも散った。
両方の乳首は硬くなり、大きくしこった。それを更に唇で吸われ、指の腹で摘まれる。
足の爪先まで溶けてしまいそうな快感を、ジュリアスは味わわされていた。何もかもが初めての体験だった。
「ああ……あああっ、あああっ!」
ジュリアスの全身が大きく波打った。男の象徴が、大きく頭をもたげている。
その肉塊を、デッドマンはそっと握った。
「ひうっ!」
ぶるぶるとジュリアスの体が震える。待ち望んでいた愛撫だった。
デッドマンは静かに包皮を上下させた。勃起した亀頭が刺激を受けて、はちきれんばかりに膨張する。先端からは透明な汁が先走り、ジュリアスの高まった度合を示していた。
「んああ…っ、も、もっと……もっと、激しく……して…っ!」
ジュリアスの言葉は、何度目かのキスにより途切れた。デッドマンの口の中に、喘ぎ声が吸い込まれていく。
「んくううう…」
「……」
「はっ、はっ、はああ……はあああ〜〜〜っ!」
ジュリアスは堪え切れないように叫んだ。頭がどうにかなってしまいそうだった。いつものように荒々しく責めて欲しかった。物のように扱われたかった。
そうでなければジュリアスは、自分の感情を認めることになってしまう。それが恐ろしかった。
(死にたくない)
デッドマンの瞳が自分を見下ろしている。いつもの蔑んだような視線でないことはわかっていた。だからジュリアスは、その瞳を見つめ返すことができなかった。
(死にたくない。このまま、ずっと……)
自分の中に沸き上がってくる思いを、ジュリアスは必死で噛み殺した。今、この瞬間だけの思いだと、割り切ろうとした。
(一緒に……いたい……)
その時、ジュリアスの胸の奥が弾けた。咳の衝動が襲いかかってくる。ジュリアスは口を開けることなく、咳をやり過ごそうとした。口の中に苦い血の味が広がる。唇の端から僅かに血が溢れた。
「ジュリアス」
「……え?」
ジュリアスの名前を呼んだデッドマンは、再度その唇に吸い付いた。貪るように舌を口腔に差し入れ、血を啜る。
「だ…だめだ……ボス……血、なんか吸ったら……」
ジュリアスは顔を背けようとした。その唇をデッドマンが追いかけ、何度も口付ける。噛み合わせた歯を割り、血溜まりに舌を浸した。
デッドマンの舌が真っ赤に染まった。粘ついた血液を舌ですくい取り、飲み込む。
「……! う、う、うううっ……」
ジュリアスの目尻に涙が浮かんだ。
足下が、がらがらと音を立てて崩れていく感覚だった。
ジュリアスの中の様々な感情が、一つに溶け合い、沈んでいった。
Bloody Kiss-04へ続く(全4頁)
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