メルティピンクの4人が、メンバーの無事を目で見て確認したのは、翌日のことだった。
「うわぁぁぁん! 雅香ちゃん! 雅香ちゃん!」
「みそのちゃん、聞いたわ。恐かったでしょう。大丈夫なの? お仕事できるの?」
みそのと雅香は、抱き合って、互いの思いをぶつけあった。
雅香はいつもの通りの笑顔だった。それを見て、みそのも努めて平静を保とうとした。
実は、昨夜はほとんど眠れていない。目を閉じると、あの男の顔が浮かび、手の感触が甦った。しかしみそのは、そのことをメンバーに言う気はなかった。
しばらくの間、みそのと雅香には医師によるカウンセリングの時間が設けられることになった。心のケアを放っておくと、それはいずれ自分自身を苦しめることになるという、田島の意見だった。
「みそのちゃん、ごめんね」
泣きそうな顔の真里が、みそのの両手を握った。
「ごめんなさい……」
紗菜も深く頭を下げた。二人とも、みそのを車に置き去りにしてしまったことを反省しているようだった。
「気にしないでいいよ。だってあの時は、雅香ちゃんのことしか考えられなかったもん」
そう言って、みそのは真里と紗菜の肩をばんばんと叩いた。
雅香は少し申し訳なさそうに目を伏せた。
「そろそろいいかしら?」
ソファに腰掛け、腕組みをして4人の様子を見守っていた女性が口を開いた。
飯田プロダクションの副社長である飯田里美である。田島社長の実の姉でもある。
「はいっ!」
メルティピンクの4人は、姿勢を正して飯田に向き直った。
ウェーブのきいたロングヘアにテーラードスーツ。飯田は、正に女傑というイメージを自分で演出していた。しかしよく見ると、眼鏡の向こうの顔は日本人形のように愛らしかった。実弟である田島と、やはりよく似ている。
「みそのちゃんに届いたファンレター……、あまりにも行き過ぎた妄想が書き綴ってあったから、脅迫状って言ったのよ。最近の若者の凶悪事件を考えたら、妄想だって馬鹿にして無視することもできなかったしね。……とにかく、マスコミには伏せてあるから、余計なこと喋っちゃダメよ」
飯田はみそのの顔を見つめながら、ゆっくりと語った。
その後の言葉を続けるように、
「猟銃の発砲があったから、事件として報道はされるけど……。みそのちゃんのことは[10歳の女児]とだけニュースでは出るからね。できるだけ、みそのちゃんは見ない方がいいと思うよ」
田島が、優しくみそのに言い聞かせた。
みそのは黙って頷いた。監禁されたあの家がテレビに映るだけでも不愉快だった。
後でわかったことだが、男のファンレターの内容のほとんどは、インターネットの掲示板の書き込みを真に受けたものだったらしい。
現実と妄想の境目がわからないゲーム世代の若者が……。ワイドショーは、飽きもせずにそんな言葉を並べ立て、今回の猟銃発砲事件を報道するのだろう。
槍介は煙草を吸いながら、そんなことを考えていた。
飯田プロダクションの本社。部屋の中には田島と飯田、直子、メルティピンク、そして槍介がいた。
部屋に沈黙が訪れた。その沈黙を破るように、
「雅香ちゃんのことは?」
真里が尋ねた。紗菜とみそのも、うんうんと頷いた。
拉致されたのはみそのだけではない。しかも雅香を連れて行った男たちは、煙のように消えてしまった。これは由々しき事態である。真里と紗菜は、そのことが気になっていた。
しかし飯田の返事は、真里たちを拍子抜けさせるものだった。
「雅香ちゃんが何も覚えていないから……事件になりようがないのよ」
「覚えてないの?」
真里が今度は雅香に尋ねた。雅香はこくりと頷いた。
「エレベーターを降りたところで、変な人たちに捕まって、車に乗せられて……。その後のことはよくわからないの」
「あの、学校みたいなところに行ったのも?」
紗菜が不思議そうな顔で雅香を見つめる。雅香はもう一度頷いた。
「どうしてあんなところに寝かされたのかも、私……」
「そうなんだー」
「かわいそう、雅香ちゃん」
紗菜と真里が目をうるうるとさせながら同情した。
田島が3人に説明する。
「お医者さんは、ショックによる一時的な記憶の混乱だって言ってる。まあ……怪我もなく無事に戻ってきたんだから、それでいいよね」
「とにかく」飯田がパンと手を叩く。「今回のことは忘れましょう。明日からまた仕事よ」
「ハッ」
「リョーカイッ」
「はーいー」
「はい」
4人は、それぞれ返事をした。みそのと真里は、まだ敬礼の癖が抜けていない。
飯田は、安心したような面持ちで大きく息をついた。
そして、槍介に視線を向けると、こう言った。
「これからも神田さんにはメルティピンクのボディーガードを頼みたいんだけど。よろしいかしら」
いきなり話を振られて槍介は驚き、煙草の灰を床にこぼした。
「リーダーをあんな危険な目に遭わせたのに?」
槍介はそう聞き返した。
自分が飯田プロダクションに雇われたのは、みそのを守るためだった。その件が片付いた今、お役御免ということになる。
しかし、飯田は槍介に暇を出す気はまったくないらしい。
「あなたがいなかったら、みそのちゃんは無事じゃなかったわ」
「まあ、それはそうでしょうが……」
「それにね」田島が含み笑いをしながら、口を挟んだ。「飲み代。ツケが溜まってるから、この報酬からふんだくるって、彼が」
と、槍介の行きつけのバーのマスターの言葉を伝えた。
あの野郎、と口に出しかけて、槍介は慌てて自分の口を塞いだ。
「これからも、頼りにしてるから」
田島にそう言われて槍介は、しばらくは食いっぱぐれることはないと、胸を撫で下ろした。
槍介の進退について、ソワソワしながら話を聞いていた少女たちは、表情をパッと明るくして、口々に言った。
「よっし! あの大っきなピストル持たせてもらおうっと!」
「やったぁ! 今度はぜ〜ったい、あの車の屋根から顔出すんだ!」
「オジさまー、私も防弾チョッキ着て撃たれてみたいわー」
「私……、起きてる時にあの車に乗りたいなあ」
美少女アイドルたちの歓声を一身に受けながら、槍介はほとんど自分の持ち物にしか興味を持たれていないことに気がつき、複雑な気持ちになった。