メルティピンク颯爽登場(12)

金持ちのドラ息子による猟銃発砲事件は、各局で報道された。
飯田が言った通り、みそののことは伏せられていた。
その日、同時に報道されたニュースは、国内最大級の麻薬密売組織の壊滅についてだった。幹部のすべてが逮捕され、関連暴力団も摘発を受けた。
何も知らないテレビ局のスタッフは、しばらくの間、その二つの事件を話題にした。
しかし三日もすると、そんな事件は忘れ去られた。
メルティピンクの4人にも日常が戻った。何ごともなかったかのように、時計の針は回り続けていた。
そして、一週間後……。
槍介は、収録の合間に愛犬と遊んでいる雅香のところへ歩み寄った。
「神田さん」
雅香はドーベルマンをその場で待たせると、立ち上がって槍介の顔を見上げた。
槍介は煙草を吸いながら、雅香に紙コップのココアを手渡した。
「一つだけ、聞いていいかな?」
「はい……」
「あのメールは何だったんだ?」
「さあ……わたしは何も……」
雅香は首を振った。槍介は言葉を続けた。
「麻薬密売組織の、密輸か何かのリストじゃないかと、俺は思ったんだけどね。カタカナと英語の組み合わせは、小学生には暗号のように見える。あるいは、本当に暗号で書かれていたのかな」
「わ…私、よく覚えていなくて……」
「みそのの電話番号を言わされたことも?」
「……ごめんなさい。よくわかりません」
「そうか。悪かったね」
「いいえ」
「お兄さんは元気?」
「はい! あっ…いえ、あの…そ、それも、わかりません。ごめんなさいっ!」
「……」
槍介は何も言わずに、煙草の煙を薄く吐き出した。
その様子を見つめながら、何度も口を開いて言いかけた言葉を、雅香は絞り出すように口にした。
「あ、あの……。みんなには、その……」
「わかってるよ。内緒だよな」
「……」
「正直、さらわれたのが君で、半分は安心してた。君に危害が及ぶことは、太陽が西から昇ってもあり得ないことだからね」
「神田さん…」
「しかしあいつらも運が悪いよな。さらったのが君だったばっかりに……」
「か…神田さん、わたし、出番が近いのでこれで失礼します。ごめんなさい」
雅香は深くお辞儀をすると、愛犬を連れて走り去っていった。
「やれやれ。秘密の多いお嬢さまだね、まったく」
残された槍介は肩をすくめ、短くなった煙草を手に、灰皿を探し始めた。

    *

その日、メルティピンクは秋葉原にあるイベントホールに集まっていた。
数百人のファンの歓声が飛ぶ。男性が多かったが、若い母親に連れられた女児たちの姿も目立った。
メルティピンクの4人は、露出度の高い衣装を身に着けていた。それぞれ、色とデザインが少しずつ違う。
赤いショートパンツの衣装がみその。
青いキュロットスカートの衣装が雅香。
黄色いスパッツの衣装が紗菜。
緑のミニスカートの衣装が真里。
今日は、新曲発売記念イベントである。ミニライブと握手会が予定されている。
メルティピンクでの新曲は、半年振りだった。
みそのはベース、真里はギターを持ち、すでに演奏の準備は万端。
4人はステージの中央に集まり、集まったファンたちに手を振った。
「みんなーっ! げんきーっ?」
特設ステージからみそのがマイクで語りかけ、マイクを客に向けた。
すぐに大きな声で返事があった。
続けて紗菜がマイクを持ち、話し始める。
「今日は来てくれてありがとうー。とっても嬉しいですー」
その後は、真里が仕切った。
「今回の新曲は、どうですか? 雅香ちゃん!」
「はーい。すごーく気に入ってます」
「紗菜ちゃんは?」
「あははー、英語のところが難しくてー」
「リーダーはっ?」
「これから暑くなるんで、ポジティブな感じの曲にしてもらいました! 来月はアルバムも出るし、夏休みはツアーで全国まわりますんでヨロシクッ!」
歓声と拍手がイベントホールを包んだ。
「ツアータイトルは?」
「えーとぉ、初めて全国まわるんだよねー」
「まだ、私達のこと、知らない人たちも多いと思うんです」
もったいぶった台本を、紗菜と雅香が見事に演じた。
「そういうわけだからぁ〜」
真里がせーの、と3人に合図した。
そしてみんなで声を揃えて、
「ツアータイトルは、『メルティピンク颯爽登場』!!」
そう言うと、会場は最大の盛り上がりを見せた。
サポートメンバーのドラムスがスティックを叩き、曲が始まった。
雅香はキーボードに走り、みそのと真里も自分の立ち位置へ移動する。
紗菜がマイクを持って、軽やかに歌い始めた。
全国にファンを持つ、この小学生アイドルユニットが時代を走り抜けるのは、まだまだこれからだった。

(了)
 

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