メルティピンク颯爽登場(8)

「勝手に動き回ることがどういう結果になるか、これでわかっただろうっ!」
「うえぇ〜ん。わかりましたぁ…」
「うう…。ごめんなさいー」
真里と紗菜は直立不動の姿勢で、頭上数十センチから落ちて来るカミナリを受け止めていた。
ノートパソコンの画面を見る。赤い点がどんどん離れて行く。
みそのを護衛するという本来の目的を忘れていたわけではない。しかし雅香が拉致された一件で、みそのから目を離してしまったことは事実だ。
槍介は、これ以上二人を叱ると八つ当たりになってしまうかもしれないと思い、黙った。
そして腰を屈めて、泣いている真里と紗菜の高さに視線を合わせる。
「今、直子さんに電話した。お前ら、雑誌の取材があるんだろう? そっちに行って、ちゃんと仕事してこい」
「ふえぇぇ〜ん」
「しくしく……」
「雅香も預かってもらう。大丈夫だとは思うが、念のために医者に診せた方がいい」
雅香はすでに車の後部座席に横たわっている。
雅香をさらった男たちの行方はわからないままだ。
しかし今はとにかく、みそのの後を追わなければならない。
槍介は直子に連絡を取り、途中で合流することを決めた。ここで待っているよりも、一刻も早く動きたかった。
槍介は紗菜を助手席に乗せ、真里には雅香の看護を命じた。真里はおとなしく後部座席に乗り、雅香の体を両手で抱いた。
「よし、行くぞ!」
戦車のように巨大な車を発進させる。M1025ハンビー・ウェポンキャリヤー。湾岸戦争で有名になった米軍の軍用車輛だ。槍介にとっては、もっとも運転しやすい長年の愛車だった。
みそのを表す赤い輝点は止まらない。ゆっくりだが動き続けている。
一体どこまで連れて行くつもりだ? 槍介がイライラし始めた時、オフロードバイクが並走した。
「マネージャーだぁ!」
真里が嬉しそうに声を上げた。今泣いたカラスがもう笑ったという言葉を地でいっている。
探偵はブレーキをかけ、停まった。それに合わせ、バイクも停車する。
モトクロスブーツやプロテクターを装備した直子が、真っ赤なヘルメットを外した。
「すみません。すぐに動けるものがこれしか……。田島もこちらの方がいいと」
「早い到着が最優先だ。助かるよ、直子さん」
「恐れ入ります」
「それじゃ、済まないが三人を連れて帰ってくれないか?」
「ええ。それではタクシーを手配します」
「いや、これに乗って行っていい。代わりにこっち、貸してくれ」
「えっ? えっ? わ…私、こんな車輛は運転したことが……」
「オートマチック車が運転できれば動かせるさ。ダンプよりデカいやつにぶつからなきゃ大丈夫だ。それ以外は、向こうが壊れるだけだから」
平然と言い放つと、戸惑う直子を尻目に、槍介は手際よくトランクルームから自分のヘルメットを取り出した。
「マネージャー、かっこいい〜。ミネフジコみたい〜」
「真里ちゃん、不二子ちゃんはおんろーどだよー」
槍介には、紗菜の知識の秘密がわからない。
「それじゃ、よろしく!」
ノートパソコンをハンドル部分に括り付け、槍介はバイクにひょいと跨がるが早いか、スロットルを全開にして前輪を浮かせて発進した。
「うわー、こっちは仮面ライダーみたい!」
真里が手を叩いて喜んだ。
「うぃりーはっしんはパワーの無駄だって、パパが言ってたよー」
紗菜の声までは、槍介にはもう届かなかった。
風を切って疾走するバイク。槍介は、みそののことを思った。
どんな脅迫状が来ていたのかは聞いていないが、ストーカーの偏執狂的な愛情の押し付けだとしたら、命にまで関わって来る問題だ。
スタジオを出る時、怒鳴りつけてでも三人を置いてくればよかったのだ。そうすれば、雅香を連れて帰るだけで済んだ。
しかし、それでは何も解決しない。みそのは危険に晒され続けることになる。
何があっても今日、すべてに決着をつけてやる。そう決意して、槍介はギアを一段落とし、エンジンの回転数を上げ、更にアクセルを開いた。
赤い点にどんどん近付く。……と、不意に輝点が止まった。
道で止まっているのではない。建物の中に入っている。ゴールに到着したようだ。
スピード違反ギリギリで走っていたので、槍介はすぐにその場所へ辿り着いた。
そこは、ごく普通の家だった。豪邸というわけではないが、玄関や庭の作りから受ける印象は、金持ちくさかった。
槍介はそっと庭に侵入し、一階の窓の近くへと歩み寄った。カーテンがすべて閉まり切っておらず、部屋の中が丸見えだった。
(みその……っ!)
カーテンの隙間から、白いベッドとみそのの頭が確認できた。
 

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