メルティピンク颯爽登場(7)

ノートパソコンの画面の中で、青い点が止まった。
三分以上経過しても、それは動かなかった。
「おじさん、雅香ちゃんが止まったよ!」
助手席のみそのが探偵に報告した。
「建物の中に入ったな。そこへ行けば、雅香を助けられるぞ」
槍介はスピードを上げて、目的地へと急いだ。
相手が、雅香の携帯電話だけが必要なら、とっととそれだけを奪って逃げただろう。暗証番号の解析など、どうにでもなる。
そうせずに、雅香を建物へ連れ込んだとなると、すでに目的が変わってしまっている可能性もある。そのことは情緒教育上、他のメンバーの前では口にできなかったが……。
(でも雅香が、あの、冴島雅香なら。おそらくすでに……)
槍介は思いきりアクセルを踏み込んだ。青い輝点に、赤、黄、緑の点の集合体が近付こうとしている。ラストスパートだ。
四つの点がほぼ重なり合ったところで、槍介は車を止めた。
そこは、廃校になった小学校のようだった。校庭らしき広場には重機が入り、校舎もあらかた取り壊されている。
唯一、プレハブのような建物だけが解体されずに残っていた。
「ここがギャングのアジトね。探偵さん、踏み込む準備よ!」
家でどんな映画を好んで見ているのか、ワクワクしたように真里が言った。
「よし。俺は雅香を取り戻しに行って来る。お前ら、絶対に車から出るんじゃないぞ」
「えー! みそのたちもついてくよ!」
「そうよー。雅香ちゃんのこと、心配ですものー」
「突入、突入! どーんといっちゃえー!」
「お前らなあ……。これは遊びじゃないんだぞ。とにかくここで大人しく待ってろ!」
うんざりしたようにそう言うと、槍介は分厚いドアを勢いよく閉めた。大きな音に驚いたらしく、車の中から奇声が上がった。
槍介は身を屈めながら、ゆっくりとプレハブへと近寄って行った。
見渡したところ、今日は工事が行われている様子はなかった。
犯人たちは、行き当たりばったりでこのプレハブに雅香を連れ込んだのだろう。
プレハブの窓は壊されている。好都合だった。
槍介は窓の下に身を潜め、ベストのポケットから缶ジュース程度の大きさの物を取り出した。
それは、アルファベット三文字の名前を持つ機関が用いるような、スタン・グレネードだった。一種の気化爆弾で、フラッシュ・バンとも呼ばれている。
点火すると、アルミニウムの粒子が放出され、空気中の酸素と結合することにより発火する。同時に、凄まじい音響と閃光が発生するのだ。
人間に致命的殺傷を与えずに、敵の戦闘力を無力化するノンリーサル・ウェポンの一つである。
槍介はプレハブの窓から、フラッシュ・バンを投げ込んだ。
そして窓の下で片膝をついて、頭を低くする。
凄まじい音と共に、数十台ものカメラのフラッシュを同時に焚いたような閃光が……。
……起きなかった。
「あァ?」
あたりはシーンと静まり返っている。
鹿おどしの、竹筒が石を叩く音でも聞こえてきそうな静寂だった。
ふ・は・つ、という三つの文字が、槍介の頭を通り抜けて行った。
槍介は身を屈めたまま、ショックに打ち震えながら、放送禁止用語を幾つか口走った。
(ちっくしょー! あの片目の武器屋〜! 後で怒鳴り込んでやる!)
その時、槍介は気がついた。
窓から不発弾を投げ込んだというのに、この静けさはどうしたことだろう。
この建物に青い輝点が静止しているのは間違いない。雅香はここにいるはずだ。
それなのに、犯人たちが驚いている気配はない。
不審に感じた槍介がプレハブの中を確認するため、立ち上がろうとした瞬間……。
「雅香ちゃん!」
背中に、トン、という軽い衝撃があった。
「ん?」
何気なく上を見上げると、キュートないちご模様が目に入った。
「お?」
どうやら槍介の背中は踏み台にされたらしい。真里が走ってきて、ジャンプで室内に飛び込んだのだ。
「ま、真里ー!」
慌てて槍介が立ち上がった時、背中によじ登ろうとしていた紗菜がズルズルと落ちた。
「オジさまー、痛ぁ〜い」
「お前もかっ!」
「真里ちゃーん。手を貸してえ〜」
窓枠に登れずにピョコピョコと飛び跳ねている。
槍介は紗菜を抱え上げると、プレハブの中を覗いた。
「雅香ちゃん、雅香ちゃん」
中に見えたのは、床に横たわる雅香と、彼女を抱き起こそうとしている真里の姿だった。
仰天している槍介の腕の中で、紗菜がじたばたと暴れた。
「雅香ちゃぁーん」
「雅香っ」
槍介は紗菜を抱えたまま、急いで窓の桟を乗り越えた。
紗菜を下ろし、雅香に駆け寄る。着衣に乱れはない。そばに携帯電話が落ちている。
真里が揺さぶっても起きないところを見ると、薬で眠らされているようだった。
槍介はあたりを見回した。犯人たちの姿はどこにもなかった。
雅香だけが、まるで眠れる森の美女のごとく、建物の中で横たわっていたのだ。
(やっぱり、か……)
探偵がある考えに至った時、不意に後ろで真里の声が響いた。
「紗菜ちゃん、みそのちゃんは?」
「あらー? 一緒に走ってきてたんだけどー」
「一緒に車から出たよねェ?」
「し…しまった!」
槍介は、顔から血の気が引くのを感じた。
 

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