槍介は愛車のトランクルームから何やら取り出し、慣れた手付きで広げ始めた。
最初はただの金属製の棒の塊に見えたそれは、一分も経たないうちに衛星放送のアンテナのようなものに姿を変えた。
「何それ?」
みそのが尋ねた。
「GPSのアンテナさ。正確に言うと、GPSじゃないんだがね」
家庭用のパラボラアンテナより大きめのそれから出ているコードを、ノートパソコンに接続しながら槍介が答える。
「こないだ出た番組で使ってたのとかなり違うよ。その時のは、ケータイより少し大きなのだったもん」
「これはちょいと物が違うのさ。お嬢ちゃんが使ったことがあるやつの100倍の精度で、位置が特定できるんだ」
「ふえー! ひゃくばい?」
「なんつったって、メイドバイUSアーミーだからな」
「ゆーえすあーみー? 何それ」
「気にするな。大したことじゃない。……お、きたきた」
液晶画面に表示された東京の地形図に小さな輝点が四つ灯る。それぞれ赤、青、黄、緑の光が点滅している。
「この赤い点がみその、お前さんだ。つまりこの場所。すぐ近くに黄色いのと緑のがあるだろ。黄色が紗菜で、緑が真里だ。そして、こっちの青いのが雅香のいるところだ」
赤い点から徐々に離れつつある青い輝点を、槍介が指し示す。
「まだ1マイルと離れちゃいない。うまく行けば先回りできるかもしれないな」
「早く行こうよ。雅香ちゃんが死んじゃうよ」
大粒の涙をぼろぼろと零しながら、みそのが訴える。
「OK、OK。30秒待ってくれ。相手が何者かわからない以上、こっちもそれなりに準備しないとな」
槍介はトランクルームの底板を外して黒い大きな塊を取り出し、腕を通した。どうやらそれはベストのようなもので、たくさんの大きなポケットがくっついていた。そして、そのポケットの中身を手早くチェックし、最後に右脇のひときわ大きなポケットから恐ろしく大きなピストルを左手で取り出した。するりと黒く短い棒のようなものを抜き出し、何かを確認すると再びピストルの中に押し込んだ。そして、ピストルの後ろの方を右手で引っぱりパッと離す。ジャッキーンという音が、みそのの耳には頼もしく思えた。
その時だった。
「ほらねー、わたしが言った通りでしょうー? 探偵にはピストルがつきものなのよー」
「紗菜ちゃん、すっごーい。ぴったんこかんかん」
「オジさまー、そのじんがいまきょうに大っきなピストル、どこで買ったのー?」
大きなピストルをポケットにしまいながら槍介は答えた。
「前の仕事の時からの愛用品さ。こいつにはいろいろ思い出があってね……って、なんでお前らここにいるっ!?」
真っ赤に目を泣き腫らしたみそのを支えるように、真里と紗菜が、ほくほくとした笑顔で立っていた。
「わたし、オジさまの大っきな車で移動したかったのー」
「いつも移動に使ってる車より大きいから、乗り心地よさそうだもんねェ。マネージャーに頼んだらOKだったから、急いで来てみたら……」
「オジさまー、雅香ちゃんを、助けてくれるんでしょうー?」
「探偵さん、雅香ちゃんを無事に助けてくれたら、真里の逆立ち歩き見せてあげる。グラウンド一周だってできるんだよ!」
真里と紗菜は、特撮の無敵巨大ヒーローを見上げるヒロインのように槍介を見つめる。
最後に、みそのが大きな瞳に涙を溢れさせて、
「お願い……」
と、掠れた声を絞り出した。
「逆立ちは、直子さんにお願いしてみるとして…」
にやりと口元を吊り上げ、槍介は運転席に巨体を詰め込んだ。
「乗り心地は最悪。シートは硬いし、サスはガチガチ。ダッチョになるぜ。それでもいいかい?」
と、左腕を窓から出して親指で愛車の屋根を指差し、ハードボイルドの主人公を気取る。
「はいっ!」
三人はよく通る大きな声で答えて、なぜか右手で敬礼をした。
戦車のように大きな探偵の車に駆け寄り、重く硬いドアを開け、シートによじ登る。
そして三人で満身の力を込めて、分厚い鉄板でできたドアを閉めた。
「メルティピンク、プラスワン、はっしーん」
後部座席に陣取った真里が、右手に拳を作り、突き上げる。
「おーーーーっ!」
助手席におさまったみそのと紗菜が呼応した。
少女たちのハイテンションに釣られ、槍介は思いきりアクセルを踏み込む。
探偵の愛車はタイヤから白煙を上げ、スタジオの駐車場から夜の街に飛び出した。