「脅迫状が来てるんだ。その…、みそのちゃんに関して」
その言葉に、みそのは驚いてのけ反った。
赤坂見附にある飯田プロダクションの本社。
みそのはソファにちょこんと座り、社長の田島竜児の言葉に耳を傾けていた。
社長とは名ばかりで、業務のほとんどは彼の姉である副社長の飯田里美が執り行っている。
今日、みそのを呼んだのが副社長でなかったことに、みそのは胸を撫で下ろしていた。仕事や私生活のことにまで厳しい副社長のことが、みそのは苦手だった。
弟の田島は現役の映画俳優で、物腰が柔らかく、みそのたちにも優しい。とても41歳には見えないほど、見た目は若かった。
話すなら、副社長よりは社長の田島のほうがよかった。叱り飛ばされる確率が低い。
「あたしにキョーハクジョー? それって、どういうことですか」
「うん……。厳密には脅迫状ってわけじゃないんだけど……。ちょっと内容がね」
「イタズラじゃないってことですか?」
「わからない。イタズラならいいんだけどね。しばらく様子を見ないと」
田島は溜め息をつきながら、白い封筒を指で弄んでいた。
彼は文面についてははっきりとは言わなかったが、みそのを誘拐するとか殺すとか四つに畳んでギュッとひねるとか、そんな内容であることは推測できた。
「だからね。ほんの少しの間、みそのちゃんだけお休みにしてもいいかなって」
「えーっ! そんなのやだ!」
みそのは仰天した。
「ちょうど『MasakaSana』の方の新曲が出たばかりで、『メルティピンク』の四人の仕事の方は抑えてあるし……。しばらく、ドラマの撮影だけに専念するっていうのはどうだろう」
「そんなあ。『メルティピンク』でお仕事できない理由でもあるんですかっ?」
「四人だと、なかなかマネージャーの管理も行き届かないと思うんだ」
『MasakaSana』というのは、その名の通り雅香と紗菜の二人のユニットだ。『メルティピンク』のメンバーはそれぞれ、様々な組み合わせでユニットを結成し、CDを発売している。みそのも真里と組んだり、いろいろと活動している。
「それじゃあ、真里ちゃんにも迷惑かかるし……。それにあたし、ドラマだけなんてイヤですぅ!」
「みそのちゃんのドラマの撮影の日は、山川さんが責任を持って送り迎えできるんだよ。でも、他の仕事になるとちょっと危ないんだ。一人で帰ることもあるだろう?」
「でもやだっ! 絶対イヤ! みそのはリーダーなのに、みんなと一緒にお仕事できないなんて、あり得ないよ!」
みそのは激しく反発した。休むなんて、できっこない。
田島はしばらく考えていたが、やがて携帯電話を手に取り、
「ちょっと待っててね」
と、電話をかけ始めた。
「もしもし石黒? 俺だけど……。あのさ、ちょっと相談が……」
みそのはテーブルの紅茶を飲み干すと、ソファにゴロッと横になった。
(断固、阻止だよ。脅迫状になんか負けないもんっ!)
みそのは口をへの字に曲げながら、田島が電話を終えるのを待っていた。
やがて電話を切った田島は、みそのにこう告げた。
「わかったよ。じゃあ、仕事は減らさない方向で」
「本当っ?」
「うん。そのかわり、ボディガードをつけることにしたからね」
「ボディガード……って、あたしに?」
「そういうところに顔が広い友達がいて。今、探してもらってるから、二、三日うちには紹介できると思うよ」
「うわぁ! 何だかカッコイイ! ボディガードなんて!」
みそのは飛び上がって喜んだ。
「でも、しばらくの間は勝手に出歩いたりしないこと。ロドリゲスの散歩も、お兄ちゃんに任せるんだよ」
ロドリゲスは、愛犬のシベリアンハスキーの名前である。
みそのは少し考えて、不承不承、納得することにした。
*
自宅に帰ってから、みそのは雅香に電話をした。
「もしもし雅香ちゃん? あの後、変なメール来た?」
『ううん、全然。もう大丈夫みたい。みそのちゃんの方は、どうだったの?』
「こっちも別に大したことなかったよ。何かちょっと面白いことになりそーだけどねっ」
『面白いこと? 何だろう、楽しみね』
「明日、みんなに話すから。じゃ、スタジオで会おうね」
『ええ。それじゃ明日』
雅香の声に、明るさが戻っていた。みそのはホッとして、電話を切った。
ベッドにごろんと転がり、目を閉じる。
そして頭の中で、事務所にいた時から考えていたことを反復してみた。
(ひょっとして、同じ犯人じゃないかなぁ? みそのの脅迫状と、雅香ちゃんのメール)
あながち外れているとは思えない。そのうち、紗菜や真里に対しても、何か嫌がらせがあるかも知れない。
(スーパーアイドル『メルティピンク』にケンカを売るなんて、このみその様が許さないんだから!)
みそのはそう決意しながら、いつの間にかベッドの上で眠ってしまった。