都内のスタジオで、雑誌のグラビア撮影を終えた時、西園寺みそのはマネージャーの山川直子に声をかけられた。
「みそのちゃん」
呼ばれてみそのは振り向いた。やや吊り上がった大きな瞳。均整の取れた体。愛くるしい子猫のような姿が印象的な女の子である。
赤ちゃんの時から、TVCMのモデルとして活躍している彼女は、今ではドラマにも出演する優秀な子役タレントだった。
しかし最近はもっぱら、四人組アイドルユニット『メルティピンク』のリーダーという肩書きが有名になっている。
「なーに?」
スタッフに渡された紙コップのドリンクを飲みながら、みそのはマネージャーの顔を見上げた。
直子は、メンバー全員の顔を順番に見つめながら言った。
「はい、みんなお疲れさま。他のみんなは帰っていいわ」
そして、
「みそのちゃんだけ、事務所に寄ってくれない?」
と、続けた。
「えー、どーしてえ?」
「社長がお話があるんですって。大事なお話みたいだから」
「そんなあ。今日はこれでお仕事終わりだと思ってたのにぃ」
みそのはふくれた。早く家に帰って、愛犬を散歩に連れて行きたかったのだ。
しかし、そのスタジオの中で、みそのよりも俊敏に反応した娘がいた。
「どうして、みそのちゃんだけェ? 真里たちは行かなくていいの?」
長門真里。『メルティピンク』のメンバーである。サラサラの髪をおかっぱにしている。ジーンズのミニスカートがよく似合う、小柄な美少女だ。天才的なリズム感を持ち、ダンスやミュージカルを得意としている。
真里はみそのとマネージャーを交互に見ながら、不満度100パーセントでまくしたてた。
「つまんなーい。真里も行きたいなぁ。事務所の近くのアイスクリーム屋さんにも行きたいよ」
「あー、私もアイスクリーム食べたいなぁー」
横から、元木紗菜が口をはさんだ。同じく『メルティピンク』のメンバーだ。
ロングヘアを頭の両側で二つに束ねている。細い腰を包むスパッツが、すらりとした体型を際立たせていた。
幼少の頃からバレエに取り組んでいるため、その肉体はしなやかで柔らかい。彼女は、将来有望な舞台女優だった。
「紗菜ちゃんもそう思うよね。一緒に行きたいでしょォ?」
「うん。チョコミントと抹茶のダブルがいいなぁー」
「違うよ。アイスクリーム屋さんじゃなくて、事務所によ」
「あぁ、事務所へ行くの? いつ? 明日?」
「もー、紗菜ちゃんは何も聞いてないんだから」
真里と紗菜が漫才をしている間、みそのは渋々、事務所へ向かうことを承諾していた。
みそのは直子を見上げ、不安げに尋ねた。
「ねえ、社長がみそのに何の話があるの? ひょっとして……ダメ出しとか?」
マネージャーは首を振った。
「そんなこと、あるわけないでしょ。ただ、ちょっと今は言えないの。事務所へ着くまで我慢してね」
「へーい」
口をとがらせて、みそのはふざけた返事をした。
その時、スタジオの隅のパイプ椅子に座り、じっと携帯電話の液晶を見つめているメンバーの姿が目に入った。
「雅香ちゃん、どうしたの?」
みそのは、冴島雅香に歩み寄った。
雅香は、驚いたようにみそのを見上げ、にっこりと微笑んだ。そしてやや不安そうに眉をひそめ、
「ええ……。昨日から何度も、変なメールが入るの」
と、呟くように言った。
「変なメールって?」
「わからないわ。暗号みたいな感じ。誰からかもわからないし……」
その声を聞き付けて、真里が走って来た。
「暗号? どういうこと? ちょっと見せてェ」
紗菜も後ろからついて来て、おずおずと雅香の携帯を覗き込んだ。
「全然、読めないねー」
「紗菜ちゃん、それは待ち受け画面でしょ。字じゃないってば」
「あっ、そうかー。何かおかしいと思った」
再び漫才を始めた二人のそばで、雅香は利発そうな瞳を曇らせ、俯いていた。
突然、彗星のように現れた天才子役。それが雅香だった。
四人組アイドルユニット『メルティピンク』が結成される時、みそのは初めて雅香に出会った。物静かで真面目な優等生。どこか大人びていて、品のいい少女。
最初はその才能に嫉妬したみそのだったが、すぐに、彼女の常に一歩後ろに下がる控えめさが大好きになった。
「きっと、間違いメールだよ。じゃなきゃ迷惑メールってやつ」
雅香を元気づけるように、みそのはポンと肩を叩いた。
「うん。ありがとう、みそのちゃん。気にしないことにするわ」
雅香はそう言うと、二つ折りの携帯電話をパタンと閉じた。