――お前といると、楽しい……。でも……。
彼はよくその言葉を口にした。楽しい、で終わることはまずなかった。
夏樹は三回に一回ぐらいはそれがどういう意味か尋ねたものだった。その後に続く言葉を聞きたいと思った。しかし、彼は何も語らなかった。そのうち夏樹は尋ねることをやめ、ただ黙って彼の瞳を見つめることだけを習慣とした。
意味深な言葉の真意については、その後も明らかになることはなかった。が、夏樹はひょっとしたら関係があるのではないかという言葉を記憶の中から探し当てた。
――楽しい気持ちになると、俺は居心地が悪くなるんだ。
確か、彼はそう言ったことがある。
『楽しいと居心地が悪いの? どうして? 僕は楽しい時間がずぅっと続くといいと思ってるけどなぁ~』
夏樹がそう言うと、彼は淋しそうに笑った。あれは何年前だったろうか。
リビングのソファに腰掛け、夏樹はヘッドフォンから流れてくる音に耳を傾けた。
その音楽は七年前に制作された。あるインディーズバンドがライブハウスで手売りしていた自主制作CDである。
夏樹はその当時、CDを入手することができなかった。そのため、この七年間ずっと求め続けていた。
デジタルオーディオプレーヤーに記録したファイルを何度もリピート再生しつつ、夏樹は感嘆の溜め息をついた。
「凄いなぁ……ホント凄い。この曲が世に出てないなんて信じられないよ……これ、カバーしたいけどダメだろうな……作詞がHAYATOだしなぁ……あーあ、残念! 内緒でライブで歌っちゃおうかなー、ふひひひ♪」
にんまりと笑いながら、夏樹はCDのジャケットを指でなぞった。
歌手という職業柄、夏樹の容貌はとても派手だった。別段、メイクなどしていない時でもそう見える。体の半分を流れる米国人の血が影響しているのだろう。
端正な顔の中で最も目立つのは、猫のように大きな目だった。その目の印象が強いので、世間には可愛らしいというイメージを持たれている。よくよく見ればその大きな口や、やや角張った顎などは男らしい形で、可愛いという形容はそぐわない。にも関わらず、夏樹が未だデビューした頃と同じようにアイドルというジャンルに属しているのは、ひとえにその子供じみた話し方のせいだった。
「さてと……そろそろ時間だ、出かけなくちゃ。ね、アキちゃーん!」
名前を呼ばれてキッチンからヒョイと顔を出した青年は、すでに用意はできているという顔で車のキーを従弟に見せた。
夏樹は勢いよくソファから降りると、壁のフックから黒のベレー帽を取り、手で形を整えながら頭に乗せた。ナチュラルに逆立っていた金色の髪が潰れてしまったが、本人はさほどそのことを問題にはしなかった。
EVERYTHING IS READY - 02へ続く