跳べ! 真里!!(7)

みそのは槍介と共にデパートの外にいた。
野次馬の中に紛れ、消防車の到着を今か今かと待っている。
「おじさん……真里ちゃんとアリサちゃん、大丈夫かな……」
デパートの上を見上げながら、みそのが不安げに言った。
槍介はみそのの肩を抱き、安心させるようにポンポンと叩いた。
「心配するな。あの野郎と一緒なら絶対に平気だ」
「でも……! もういいかげん、外に出て来てもいい頃なのに!」
確かに、遅過ぎた。
火災発生の非常ベルを聞き、みそのと槍介は一度、元いた場所へと戻った。
しかし、そこには誰もいなかった。買い物袋だけがその場に散乱していた。
ジキルが二人の少女の手をそれぞれ握るため、荷物を置き去りにしたのだろうと槍介は判断した。だから、外へ避難をすれば合流できるだろうと踏んでいたのだが……。
(あのバカ、何をモタモタしてやがる)
槍介は苛々したように眉間に皺を寄せ、屋上を見上げた。

     *

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!」
一番上まで非常階段を上り切った真里は、ドアノブを握り、重い扉を開いた。幸い、鍵はかかっていない。
目の前に、広々とした空間が広がる。そこはそのビルの屋上だった。
隣のデパートとの隙間から、煙がもうもうと上がっている。
このビルは、一階分、隣のデパートよりも高い。屋上からだと、デパートのことを見下ろす形となる。
真里はデパート側の塀に走り寄った。塀の高さは、真里の腰ぐらいの位置だ。
そこから、デパートの屋上を隅から隅まで見回す。白いベンチやプリクラ、コインで動く電動遊具などが設置されている。人は誰もおらず、がらんとしていた。
「アリサーッ! アリサーッ!」
声を張り上げて叫ぶ。
ジキルは真里の後ろで、黙ってザイルの包装を破った。他の細々とした物と一緒に、防災用品売場から拝借して来たのである。
「アリサーッ!!!」
真里は声を限りに何度も叫んだ。
その時、微かに、
「真里ちゃぁーーーん」
……と、返事が聞こえた。
「店長! アリサちゃんだ!」
真里が、屋上を指差す。そこに、黒いワンピースを着た金髪の少女が、ぽつんと立ち竦んでいた。
「真里ちゃぁん! じきるーーーっ!」
悲壮な声が空に消えて行く。
ジキルはアリサに向かい、力強く声をかけた。
「アリサ! 今助けるからな! もうちょい我慢せぇ!」
「ジキル……じきるぅ……うっう、ふえぇえ〜〜ん!」
アリサはしゃくり上げて泣き出した。
ジキルは唇を噛みしめ、アリサに背を向けると、真里の顔を正面から見据えた。
「真里。さっき、言うたな。自分にできることあったら、言い付けて、て」
「うん! 何でもするよ!」
真里は深くうなずいた。
ジキルは、ゆっくりと単語を切るように、言葉を続けた。
「一生の頼みや。お前にしかできん。向こうの屋上へ……跳んでくれ」
「えっ……えぇーっ!?」
真里は仰天して、ビルの谷間に視線を落とした。
さっき跳んだ、柵と非常階段の隙間とは比べ物にならない。優に2メートル以上は間隔がある。しかも、デパートの屋上は、今立っている場所よりも低い位置にあるのだ。更にここは、地上十階である。落ちたら間違いなく、即死だ。
真里は青ざめ、ガタガタと震え始めた。
「む、無理だよ、そんなの! あたし……できないよ……」
「お前ならできる。お前の足腰の強さと跳躍力なら、絶対に向こうまで行ける」
「そ、そんなぁ……恐いよ……」
「無理は承知や。お前が小学生なんも、アイドルなんも、全部承知や。……けど、お前しかおらんねん! 頼む!」
「い、いやだぁ……無理だよぉ……」
真里はうつむき、泣き出した。大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
「心の準備できるまで待つ。……けど、あまり時間もないねん。フラッシュオーバーの危険もあるからな」
「フ、フラッシュオーバー……?」
「火災による爆発みたいなもんや。八階の天井とかの内装の素材によっては、もうすぐ……」
「ば、爆発したら……どうなるの……?」
「運が悪ければ、アリサも吹っ飛ぶ」
「ひ……っ!」
真里は恐怖で顔が引きつった。新しい涙があとからあとから勝手に溢れる。
迷っている時間はないのだ。しかし、自信がなかった。
砂場でなら、4メートルでも跳べる。しかしこんな場所で、忍者みたいにビルからビルへと飛び移るだなんて、人間業ではない。
「し、死にたくないよ……あたし……」
「死なん。絶対に殺さん。命綱を信用せえ」
「て、店長が跳べば……」
「両目見えてたらワシが跳ぶがな」
「あ……」
「片目やからな。距離感つかめんで、足踏み外す確率の方が高いねん」
「……ごめんなさい……」
「アリサが助かるならワシなんぞ死んでもかめへんが、二人とも助からんかったら無意味やろ……せやから、頼む。この通りや」
ジキルは、真里に深々と頭を下げた。
「で、でも、無理……だよ。絶対、無理……」
真里はその場にしゃがみ込み、頭を力いっぱい左右に振った。反動で帽子が脱げて、ぱさっと下に落ちた。
しばらくの間、真里は両手で顔を覆っていた。その耳に届く声がある。
「じきるーーーーーっ!」
アリサの声だ。泣きながら、必死で叫んでいる。
「真里ちゃあぁーん……!」
「……うぅ……」
「ジキルーッ! 真里ちゃああああああーーーーーんっ!!!」
「……くっ……ううぅ……」
真里は、ふらっ…と立ち上がった。
 

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