「おじさん!」
「探偵さァん」
「オジさまー」
「神田さん」
四人の美少女が、同時に下から見上げて来る。
「わかったから、そんなに近付くな。護衛の意味がないだろ」
少女たちにとっては、自分のような存在が珍しいのだろう。しかし、この仕事は、あくまでもシークレットなのだ。
槍介はうんざりしたように首を回しながら、『メルティピンク』を見回した。
行きつけのバーのマスターとの長い付き合いが、こんな仕事を運んで来るとは思ってもいなかった。
今日はスタジオで、歌番組の収録である。
四人は待ち時間の間、何かと槍介にまとわりついていたが、本番のためスタッフに呼ばれると、ようやくアイドルとしての仕事を思い出したようだった。
「お疲れさまです」
直子が槍介に、コーヒーの紙コップを手渡す。四人でカメラの前にいる間は安全である。
「なあ、脅迫状は、みそのに宛ててだけ来たのか?」
「そのようです。ただ、あの子はリーダーですし、お茶の間の知名度も一番高い。要するに、老若男女のファンがいるということです。ですから、今回のことに深い意味はないような気がします」
「ストーカー的愛情表現ってこと?」
「そうではないかと」
「クールだねえ、直子さんは」
「恐れ入ります」
槍介はコーヒーを一口飲むと、時計に目を落とした。
「収録の後は、みそのは帰宅ってことでいいのかな」
「紗菜ちゃんと真里ちゃんは、子供向けのダンスレッスンの雑誌取材がありますが、みそのちゃんと雅香ちゃんは、これで終わりですね」
スケジュール帳を開きながら確認し、直子は電話をかけに外へ出て行った。
「マサカ……、冴島雅香、か。まさかな……」
呟きながら槍介は、人名を言っているのか副詞を言っているのか、自分でもわからなくなりかけた。
*
「お疲れさまでしたぁ!」
みそのがスタジオから飛び出し、廊下を走ってエレベーターへ向かった。
「おいおい、走るなよ」
「おじさんの大っきな車で送ってくれるんでしょ? あれ乗ってみたかったんだぁ!」
「神田さんの車、せんしゃみたいだもんね!」
槍介の横をすり抜け、雅香もみそのの後を追う。おとなしそうに見えても、やっぱり活動期の女の子だ。
槍介は慌てて二人の少女を追いかけた。
みそのと雅香は、競走するように廊下を走った。
五メートル先のエレベーターの扉が、ちょうど開いたところだった。
「雅香ちゃん、早くう」
「うん、待ってぇ」
二人は笑い合いながら、エレベーターに乗り込もうとした。が、次の瞬間。
「あいたっ!」
みそのが転んだ。
すぐに止まることができず、雅香は一人でエレベーターの中へ入ってしまった。
「みそのちゃん」
雅香が振り向いて、みそのに駆け寄ろうとした時、エレベーターの扉が閉まった。
「下で、待ってるから、ねー……」
雅香の声が小さく響いた。
槍介はみそのを抱き起こし、肘や膝を確認した。幸い、どこも擦りむいたりはしていないようだ。
「あー、痛たたた……。おじさん、ありがとう」
「気をつけろよ。お前にもしものことがあったら俺は……」
「えっ…、そ、そそ、そうね」
みそのは耳まで真っ赤にしながら、うつむいて言葉を続けた。
「みその…、気をつけることにする!」
「そうしてくれ。報酬が貰えなくなると事務所の家賃が」
「……や、家賃? ……何よ。もうっ! 知らないっ!」
みそのはふくれて、エレベーターのボタンを押した。
「何を怒ってるんだ?」
鈍感な探偵は、みそののバッグを拾い、再び来たエレベーターに一緒に乗り込んだ。
「なあ、お前、一番売れっ子なんだってな」
「つーん」
「キャリアも長いし、人気があるって言ってたぞ、マネージャーが」
「ぷーん」
「なあ、機嫌直してくれよ。俺、何か悪いこと言ったかい?」
「いいの。もう知らない。クソジジイ」
「ジジイとは何だ。だいたい、おじさんって呼び方も本来間違ってるんだぞ。おにい様とか、王子様とか言えないのかっ」
「べーだ」
やがて一階に到着し、エレベーターの扉が開いた。
みそのはジャンプするように大股で飛び出し、仲間の姿を探した。
「あれぇ? 雅香ちゃん、確か待ってるって……」
「先に帰ったのかな?」
「雅香ちゃんは、そんな気が短い子じゃないよ。ウソだってつかないよ」
「そうか。おかしいな」
巨漢の探偵は、遠くまで見回してみた。どこにも雅香の姿は見えない。