「その大きな破片を拾ってくれ。それでこいつを切り裂く」
拷問官は囚人の陰嚢を弄びながら、補佐官に指示をした。
「許してください! それだけは許してくださいっ!」
「タマを潰されるのが恐いか?」
「……こ、恐い…です」
「使い物にならなくなるのは嫌か」
「……許してください……」
拷問官は手を離し、革手袋についたガラスのかけらを払った。
ポケットから煙草を取り出し、一本を口にくわえる。すぐに補佐官が火をつけた。
深く煙を吸い込み、囚人の顏に吹き付ける。そして、感情のない声で、
「お前の心配していることはわかっている。我々に任せてみないか」
と、言った。
「えっ……」
囚人が呆然として顔を上げる。
「お前が思っているほど、雇い主は善人ではないということだ」
「……」
「早急に行動する必要がある。手後れにならないうちに」
「そんな、ま…まさか……。だって僕は……」
「お前の知っていることをすべて話せ。早く!」
「は、はい……」
囚人は、力なく頷いた。
拷問官は煙草を吐き捨てると、補佐官に向かって合図した。
拷問補佐官が朱肉を用意し、囚人の親指の先に押し付けた。
そして、拷問官が手渡した紙をその場に持って行き、拇印を取った。
囚人が僅かに震えながら、拷問官の顔を見上げた。
「お願い……弟が……。お願いだから……」
「籠城しない限りは、人質の身の安全は確保する。我々を信じろ」
拷問官は、囚人の頭を軽く撫でた。
    *
後日、囚人番号M-2011の自白調書を元に、彼の雇い主である男が投獄された。
男が潜伏していたアジトの床下から、死後数週間経過したと思われる幼児の遺体が発見された。
その事実を聞かされた囚人番号M-2011は、肩を落とし号泣した。
死亡推定日は、彼が男の命令を忠実に実行していた時期であった。
(了)

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