・Stage6.Total emasculation
男の瞳は真上を向いていたが、天井を見ているわけではなかった。もう、どこも見てはいない。ぱっくりと開けた口から、ダラダラと涎が垂れていた。
「アーアーア、アハハ、アハハッ、アヒャヒャヒャ」
「狂ったか。意外とあっけなかったな」
拷問執行人は汗で首に貼り付いた髪を掻き上げた。首筋の汗を指で拭いながら、ガスコンロの方へ歩く。そして、先ほど置いた二つのマグカップを手に取った。
「コーヒー入ってたんだった。飲むか?」
そう言うと青年は、男の顔の上にコーヒーを注ぎ落とした。湯気の立った液体が、開いたままの男の口に流れ込んでいく。
「ア、アガッ、ゴボッ」
気管に水分が入ったらしく、男は咳き込んだ。しかし、その表情は変わらなかった。
長髪の青年は、ビリヤード台にもたれかかり、黙ってコーヒーを啜った。
「そろそろ終わりでいいんじゃねえか?」
部屋の隅から声がする。青年はそちらを一瞥した。
壁に寄りかかったまま、ずっとこの部屋で行われていた拷問を見ていた男が、メンソールの煙草に火をつけていた。
「つまんねェ。もう少し楽しめるかと思った」
「まあいいさ。お前が楽しんじまったら、止めるのが大変だからな」
「ケッ、止めるのがあんたの仕事だろ。結構、毎回嬉しがってるくせによ」
言いながら、青年はカップを台の上に置いた。
そして、ソールの音を響かせながら、血みどろになった男の下半身の方へ向かう。
哀れな男の陰茎と陰嚢を切り裂いたバタフライナイフが転がっている。青年は一旦それを手に取ったが、ブレードに大量に付着している血糊を見ると、諦めたように台に戻した。
代わりに、履いていたブーツの側面のポケットから、一本のトレンチナイフを抜いた。メタルシースを外し、ブレードを見つめる。グリップの近くに、ルーン文字の[s]の刻印があった。
「じゃ、仕上げといくか。瓶の方、用意しておいてくれよ」
壁の男に向かってそう言うと、拷問執行人は指で陰茎を摘まみ上げ、その左脇の部分にブスッと垂直にトレンチナイフを刺した。
「ギャーッ! グギャアアアアアッ! アギャ、ギャッ!」
被害者は喉から絞り出すような悲鳴を上げた。しかしそれは言葉になっておらず、獣の鳴き声のようにしか聞こえなかった。
若い美貌の青年は、そのままグッとブレードを下に引き下げた。陰茎の脇が徐々に縦に切り裂かれ、陰嚢の下まで裂傷した。
大量の血液が噴出した。青年はブレードを引き抜き、右側も同じようにトレンチナイフの刃を刺し込むと、ゆっくりと縦に切れ目を入れていく。
プシャッと跳ね上がった血液が、青年の頬にかかった。
そして、真っ赤な鮮血の中に埋もれた陰茎を鷲掴みにすると、ゆっくりと手前に引っ張り上げた。
「ウグワアアアッ! ビギャアアアアーーッ!」
靭帯をブツッと切断し、前立腺を引きずり出して刃を当てる。男の肉体から陰茎がえぐり取られ、青年の手に握られた。
青年はその肉塊を、仲間が用意した瓶の中へ落とし込んだ。瓶には、ホルムアルデヒドの水溶液が入っている。
続けて青年は、まるで手術をする医師のような手つきで、丁寧に陰嚢の周囲を刃でなぞった。スッと引かれた線からみるみる血があふれ出す。
ほとんど手探りのような状態で、赤い泉の中でヒモ状の精索をブチッと千切るように切断した。そしてとうとう、垂れ下がっていた袋をすべて切り離し、掌の上に乗せた。
「ンガァーーーーーッ! フングワアァーーーーッ!」
相変わらず男は絶え間なく鳴き声を上げていた。
ペンチで潰した精巣が、陰嚢の切れ目から流れ出ている。それもうまく手ですくい取り、余すところなく瓶の中へ投げ込む。すぐに仲間の男が瓶に蓋をした。
「チンポだって、わかるかな?」
やや心配そうに、青年は言った。瓶を上にかざし、斜め下からいろいろな角度で見ている。
「別に標本にするわけじゃないんだから、いいんだろ。リンチで去勢したってことがわかりゃ、先方も満足さ。まったく……どこのお偉いさんか知らねえけど、悪趣味だよな。息子にイタズラした奴のチンポ切って持って来い、なんてさ」
「いい親だ。尊敬できるよ」
「せめて、向こうの組織を裏切って、何か情報流してくれりゃあ、麻酔ぐらい使ってやったんだがなあ……って、何度も言ってたか。裏切るって」
冗談を聞いて、クスッと青年は白い歯を見せて笑った。
顔にかかった血しぶきをそのままに、マグカップを手に取り、コーヒーを味わう。ポケットからラークを取り出して一本くわえ、火をつけた。
そんな彼の落ち着いた様子を見つつ、仲間の男は口を開いた。
「そのお偉いさんの息子っての、七歳だか八歳だか……子供だったんだろ?」
「……そうらしいな」
「ひでえ話だよな。こいつ、そんな幼児を相手にして楽しいのかね? なんて言うんだっけ、そういうの。ペド?」
「……」
「しかし、お前、こういう奴には本当に容赦ないのな。ペドに怨みでもあんのかよ?」
「どうだろうな…。放っとけよ」
青年はビリヤード台に腰掛け、無表情のまま煙草の煙をくゆらせていた。
やがて彼は、短くなった煙草を、そこに横たわった狂人の顔の皮膚で、吸殻にした。
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