・Stage3.Nipple
拷問執行人が休憩を取っている間、哀れな被拷問者の姿勢が変更された。
男は口から泡を吹き、目の焦点は合っていなかった。抵抗を予測して数人の若者が呼ばれていたが、男の体には微塵の力も入らなかった。
破壊された右手に刺さっていたバタフライナイフを引き抜く時、僅かに男は悲鳴を上げた。が、すぐに声はうめき声から吐息に変わった。
男は今度は仰向けに、ビリヤード台の上に寝かされた。大の字に四肢を広げ、台の四方の脚に括り付けられる。
その様子を、部屋の隅から拷問執行人は眺めていた。
美しい緑色のボトルから、ショットグラスにとろりと液体を流し入れる。普段は、冷凍庫で保存されているものだった。アルコール度数の高いジンは凍ることはない。青年は表面が凍ったグラスを傾け、香りを楽しんだ。
やがて、準備が整ったことを確認した青年は、冷凍庫の扉を開けてボトルを中に戻した。代わりに、その横に並べられていた発砲スチロールの箱を取り出した。
グラスの中身をちびちびと舐めながら、青年はビリヤード台に歩み寄り、空いている場所に箱を置いた。
「どうした? 音を上げるにはまだ早いぜ」
男は答えなかった。青年の顔も見えてはいないようである。
「ケッ。シカトかよ」
青年はジンを一口含むと、男の唇に近付いた。上から唇を合わせ、隙間から液体を注ぎ込む。
その瞬間、男はガブッと歯を立て、青年の薄い唇に噛み付いた。
身を引いた青年の唇から、血が滴り落ちた。
「クククッ。まだ元気あるじゃねーかよ。そうでなくちゃな」
笑いながら、自らの口元に触れる。血液が指先を汚す。口づけるようにその指を唇で包み、血を舐め取る。そして溢れた血を啜るように、青年は唇をペロリと舐めた。
「絶…対、てめえの顔は忘れねえからな……。そのきれいな顔、ボコボコにしてやるぜ」
目を見開き、男は悪態をついた。
「顔のこと言うなよ。コンプレックスあるんだからよ」
無表情で、青年は発砲スチロールの箱を開けた。
アイス・トングの横に、純白のドライアイスが並んでいる。青年は手袋をはめるとトングを握り、ギザギザになった先端を開いたり閉じたりしながら、
「なあ、乳首感じるほう?」
と、男に尋ねた。
「感じるわけねえだろ。男が」
「俺は感じるけど」
「けっ。オカマかよ」
「オカマとゲイは同義語じゃねーんだよ」
青年は、トングの先で男の右の乳首を摘んだ。
「冷た……ッ」
「なあ、感じるって言えよ。チンポ勃っちまうぐらい、可愛がってやるからさ」
「てめえ…、変態か? バカも…休み休み……ぬかしやがれッ!」
男は短く言葉を切りながら叫んだ。出血で、息が絶え絶えになっている。
「そうか。残念」
青年は、男からトングを外すと、箱の中のドライアイスを挟んだ。
「感じねー乳首なら、なくてもいいよな」
ドライアイスが、男の乳首に押し当てられた。
「ヒャ、ヒャッ! 冷たいっ! やめてくれっ!」
青年はトングで摘んだドライアイスを、男の肌の上で滑らせた。
「や、やめろっ! や…ヤケドしちまうっ!」
「火傷? 正確には凍傷だな。皮膚だけじゃなく、肉まで組織が破壊される」
「やめてくれーッ!」
「性感帯なら残しておいてやったけどよ。感じねーならいらねーだろ、別によ」
「ヒイイイイッ!」
乳首の周辺がビリビリと痛み始め、男は頭を左右に振ってもがいた。上から乳首を押しつぶすように乗せられた固体が、冷酷に皮下組織を蝕んでいく。
青年は、トングを持つ力を緩めず、片手でもう片方の乳首を突ついた。
「そ、そっちは…残してくれよ! 頼む!」
爪の先でかりかりと引っ掻くように、先端を刺激する。男の乳首はすぐに尖った。
「感度はいいみたいだな」
鼻で笑うと、青年は乳首になすり付けていたドライアイスを持ち上げた。潰れた乳首が、血の気を失っている。青年は再びそこに固体を押し当て、ぐりぐりと動かした。
「アッ、アアッ、アアーッ!」
「そろそろ何も感じなくなるぜ。痛みもな」
「い、いやだーッ!」
男は力を振り絞って暴れた。
青年はゆっくりとドライアイスを持ち上げ、箱の中へ戻した。そしてポケットから、銀色の毛抜きを取り出し、損傷した箇所に近付ける。
「ヤッ! いやだッ! やめて! 取らないでーっ!」
毛抜きの先端が乳首を挟む。小さくプチッと音がしたかと思うと、あっけなく先端はポロリと胸から離れた。
「…………!!!」
男は、声も出せなかった。
拷問執行人の青年は、毛抜きに摘まれた肉片を、男の顔の上に持って行った。そして、
「口開けな。食ったら、もう片方は残してやってもいいぜ」
と、言った。
男はぶるぶると震えながら首を振った。
「か、勘弁してくれえ」
「食うのか、食わねーのか」
苛ついたように声を荒げながら、青年は片手で再びアイス・トングを掴もうとした。
「ま、待ってくれ! た、食べます」
男はおずおずと口を開けた。
「舌出せよ。味わって食いな」
命令通りに、男は舌を伸ばした。その上に、豆粒のような肉のかけらがポトリと落とされた。
「アアッ、アア…アア……」
口を閉じる勇気がないのか、男は顎をガクガク震わせ、口の端から涎を垂らした。
「どうした? 早く聞かせてくれよ。てめーの乳首を食った気分をよ」
「ア、アガガガ、オオオォ…」
「往生際の悪い奴だな」
拷問執行人はしばらく毛抜きを掌の上で弄んでいたが、やがてそれを構え、左側の乳首を摘まみ上げた。
「オゴオオォッ!」
男は慌てた。同時に舌が口の中に丸まり、上に乗っていたものはあっさりと飲み込まれてしまった。青年はチッと舌打ちした。
「てめー、噛まなかったろ。味わえって言ったのによ」
「アアアッ、やめてくれっ! そっちはやめてくれっ!」
「残してやるとは言ったけど、何もしないとは言ってねーからな」
「き、きちがいっ! ヒーッ! 助けてーッ!」
そう言うと、青年は毛抜きを右手に持ち替え、利き腕の左で襟元に留めていた安全ピンを取った。
乳首を挟んだ毛抜きを上に引っ張る。皮膚が伸び、肉が盛り上がる。一つだけ残った男の乳首は、不格好に変型した。
その伸び切った箇所に、青年は横からピンを突き刺した。
「ギャアア! 痛いっ!」
「痛けりゃまた冷やしてやろうか」
「いやだっ、ドライアイスはもう……アアアッ、許してくれーっ」
「せっかく残った乳首だからな。ピアスで飾ってやるよ」
青年は、毛抜きを挟む力を強め、同時に男に刺したピンを激しく左右に動かした。
「グアアアアァァッッ!」
突然、カチッと音がしたかと思うと、毛抜きの刃の部分が閉じた。
僅かな皮で繋がっただけの状態で、乳首の先端はだらしなくぶら下がった。その向こうに赤く染まったピンの側面が見えた。
青年は溜め息をつきながら、毛抜きを床に叩き付けた。
「これ以上やると、取れちまうか。ケッ! ヤワにできてやがるぜ」
そして青年は、男との約束を守るため、作業を中止することにした。
男は愕然としたまま、胸から落ちそうになっている肉片を凝視していた。
Stage4へ続く