・Stage2.Finger

 試験管で肛門を破壊された男は、呆然としたままビリヤード台に突っ伏していた。
「フン。少しはこたえたようだな。返事を聞こうか」
 地下室の隅に据え付けられた洗面台で手を洗い、拷問執行人は冷ややかに言い放った。
「うっ、はああ、ッ、はあっ、ハア……」
 男は息も絶え絶えに、大きく呼吸をして上半身を揺すった。
「お、お願いだ。医者……呼んでくれよ」
「贅沢言ってんじゃねーよ。答えろ。どうすんだよ?」
「ああ……許してくれ。裏切ったら殺されるんだ」
「興味ねーんだよ。俺はそんなことにはよ」
「た、頼む。上のほうと話をさせてくれ。俺の身の安全を……」
「取引できる立場だと思ってんのか?」
 青年は鼻で笑うと、ビリヤード台の脇に添って歩いた。
 男の両腕は左右に広げて真直ぐに伸ばされ、台に麻縄で括りつけられている。
 青年は、男の右の側面で立ち止まると、掌を下にして置かれている右手を見下ろした。
 レザーパンツのポケットからバタフライナイフを取り出す。開いて刃を出し、くるっと回して柄を掴んだ。
 カチャカチャという音に気づき、男が顔を右側に向けた。
「ヒッ! な、何してんだよ」
 それには答えず、青年は無表情でナイフを男の右手の甲めがけて落とした。
「うわアアッ!」
 右手の中央に深々と刃が刺さった。ナイフは見事に掌を貫通し、台まで到達している。
 男の手は動かないように固定されてしまった形となった。指は動かせるが、掌は完全に台に貼り付いている。
 みるみるうちに血が台の上に広がり、緑色のラシャが黒く染まって行く。
 その手の指の中から青年は、小指を選んでゆっくりと持ち上げた。
「ウ、う、ああ」
 男がうめき声を上げた。徐々に力が加えられる。
 次の瞬間、青年は全体重をかけて、手の甲の側に反らした小指を折り曲げた。
「ウォオアアアッ!」
 鈍い音がして指が折れた。
「簡単に折れたな。カルシウム足りてないぜ、きっと」
「あ、あぁアア……」
「さて、ちょっと待ってな」
 そう言うと、拷問執行人の青年はその場を離れた。
 先程の流血が溜まっている床を、ガラスの破片を避けて歩きながら、青年は再び男の後ろに回った。そこに設置された机の引き出しを、青年は開けた。
 しばらくすると、ビリヤード台の上にゴトッと金属の箱が置かれた。中に何が入っているのかは、男には見えなかった。
「よし、始めるぜ」
「ま、待ってくれ! 頼む! 切らないでっ!」
「うるせーな。詰めたりしねーよ」
 青年は、煙草をくわえてジッポーライターで火をつけた。
 そしてライターの火をそのままに、箱の中から長い針金を手に取り、先端をあぶり始めた。
 彼の次の行動を予測した男は、絶叫した。恥も外聞もなく哀願した。
 しかし、未来は変わらなかった。男の薬指の爪の間に、真っ赤に焼けた針金が差し込まれる。
「ギャァァァーッ!!! 痛いっ! 痛い痛いーっ!」
 青年はくわえ煙草で、針金をぐりぐりと動かした。針金の先が容赦なく爪の中を移動する。男の悲鳴は終わることがなかった。
 次に青年は針金を離し、箱の中から重い金槌を取り出した。大きく宙に振り上げ、男の中指の上に叩き落とす。
「オゴオォォッ!」
 爪が割れ、指先が赤黒く染まった。
 青年は、目を見開いてその光景を眺めていた。口を割って出現した蛇のような舌が、一瞬、薄い唇を湿らせる。
「ヒ、ヒイイ、ヒイ……お、お願い…、た、助けて……」
「これぐらいで音を上げんなよな。俺が面白くねーだろ」
「ゆ、許して……お願いです、お願いします……」
男の懇願を無視して、青年は箱の中からカッターナイフを取った。わざと男の目の前で、刃をチキ、チキ、と出して見せる。
 そしてゆっくりと、長くせり出した刃を人指し指の先へ運んだ。
「やめてえェッ!」
 次の瞬間、人指し指の先に刃がめり込んだ。
「ガアアアアアッ!!」
 どす黒い血が切り口でぷっくりと膨らみ、大量にあふれ出る。
 青年はカッターの柄を揺さぶり、傷口を更に大きく広げた。尖った先端を回し、皮下組織をぼろぼろに破壊する。
「さて、と。お待ちかねの生爪剥がしといくか」
「ああああ、そ、それだけは……」
「拷問受けるっていう時点で、それぐらい覚悟しとけよ。定番だろ」
「も、もうこれ以上……」
 青年の手が箱の中に入った。そして再びそれが上げられた時、ラジオペンチが握られているのを男は目撃した。
「ヒ、ヒイィ」
 青年は、男の右手の親指の先にラジオペンチを強引に押し込んだ。先端が細くなっているとは言え、針金よりも格段に厚い。爪と皮膚を押し開き、それがめり込んだだけで、少しだけ爪が剥がれかける。
「アアアアッ!」
 ラジオペンチの先が、爪を摘んだ。
「ギャア! 痛い! 痛い! ウガアアアッ!」
 青年は、爪をしっかりとペンチで掴んだまま、いたぶるように左右にねじった。血がじわじわと爪の周りから浮き上がり、手の甲を伝った。
「アーッ! アーッ!」
「フフフ。このままねじり取ってもいいんだけどさ」
 そう言うと青年はニヤッと笑って、片手で箱の中を探った。
 千枚通しが箱から顔を覗かせた。
 青年は、ラジオペンチを捻り上げて爪に圧力を加えながら、同時に親指の腹の側から千枚通しをズブリと突き刺した。
「ギョエアァァアッ!」
 指の腹から反対側へ突き抜けた先端が、ベリッと爪を持ち上げ、剥がした。
 男は絶叫し、わけのわからない言葉を喚き散らした。
 拷問執行人は、ラジオペンチが挟んでいた爪を摘み上げると、笑いながら男の顔に指で弾き飛ばした。

Stage3へ続く