The hollow of timber
窓の隙間から、月明かりが差し込んでいた。
部屋の端から端まで、天井近くに渡したロープにランプが吊るされている。しかしその晩、火は灯されていなかった。
薄闇の中、床にうごめくものがあった。
部屋の中央で、それは微かに転がった。床がみしみしと音を立てる。
「……っ、くぅ、う…、う…っ」
長い丸太のように見えるその物体は、人間だった。
その肉体は、両腕が欠損していた。故にそれは、明かりの少ない場所においては、木材のようにしか見えなかったのである。
両足首にロープが巻き付いていた。足を揃えてウェスタンブーツの上から束ねるように縛られている。そのブーツの他には、彼は何も身につけてはいなかった。
金色の髪が、汗で額に貼り付いた。体の下に敷かれた新聞紙にも汗が流れ落ちる。
彼には人としての名前があった。ジュリアス・A・マックモーディ。
1846年、彼はジョージア州で生まれた。現在は二十一歳だ。
僅か数ヶ月前まで、ジュリアスは二丁の拳銃を操るガンマンだった。
ジュリアスは両膝を曲げて屈曲した姿勢を取った。床の新聞紙が脚に引きずられ、破けながらくしゃくしゃになった。息を整えながら、うなだれるように首を折る。
その時、ガチャッと音がしてドアが開いた。
燭台を手に、まず入って来たのは二人の若い男だった。
「何だ、まだ出してねえのか」
男たちの残酷な笑みが、キャンドルの炎に照らされた。
鼻の下に髭をたくわえた赤毛の男が、ゆっくりと部屋の中に踏み込んで来た。その後ろから、やや若い長身のプラチナブロンドが続く。赤毛のほうはグレッグ、ブロンドはテッドという名前だった。
そして彼らの後ろから、筋骨逞しい体躯の男が入って来た。グレッグとテッドにはボスと呼ばれるその男は、ボギー・デッドマンという名で通っていた。
デッドマンは部屋の奥へは進まず、ドアの近くに置かれたロッキングチェアーに腰を下ろし足を組んだ。
グレッグは燭台を持ったままジュリアスの脇に立ち、彼を見下ろした。
「どうした? あんまり世話かけさせんじゃねえぞ」
そう言うと、グレッグはジュリアスの腰をブーツで踏み付けた。
「うっ…」
ジュリアスは、声を殺して呻いた。
グレッグから燭台を受け取ったテッドが、しゃがみ込んでジュリアスの肢体を照らす。
腕の切断面に明かりを感じ、ジュリアスは顔を背けた。
「いくら反抗したって、結局は俺らの世話になることになるんだ。だったらおとなしく言われた通りにしたほうが楽だろう」
言いながら、テッドは燭台のキャンドルを傾けた。熱いロウが白い肌に落ちる。
「あうっ」
「ほら。早く出しちまえ。時間取らせるんじゃねえって」
グレッグが、ブーツの爪先でジュリアスの腹を蹴り上げた。
「……っ!」
小さく唸って、ジュリアスは身を縮めた。膨らんだ腹が波打つ。すでにウィスキーの瓶一本分の水を注入されている。
普段の排泄は、部屋の隅に置かれた木桶で一人で行った。使用人がそれを片付けるのは数日に一度であったため、ぼろ布で覆わなければ臭気が部屋に充満してしまう。そのことが、この部屋が家畜小屋と呼ばれる所以だった。
『キツネがフンするとこが見てーなァ』
そう言いながら、男たちが家畜小屋を訪れたのが数十分前。グレッグとテッドは、暴れるジュリアスを押さえ付け、下半身から瓶で水を流し込んで放置していたのだ。
黄金の狐。バウンティハンターだった頃のジュリアスの異名でもあったその名は、今も彼を呼ぶ時に使われた。すでに拳銃さえ持つことができない体でありながら、彼は、その名を捨てることを許されてはいなかった。
「少しいじってやるか」
テッドがジュリアスの双丘を開き、赤く膨らむ秘門に指を伸ばした。
「ひっ…」
ジュリアスが身をよじった。膨らみは、すでに限界まで耐えていたと思われるほどに盛り上がっていた。
「この調子なら、すぐにお出ましになりそうだな。桶を用意しとけよ」
テッドはグレッグに言った。グレッグはジュリアスの専用便器を取りに行くと、鼻を摘みながら戻って来た。
「くっせェな〜。何日前から溜めてんだよ、これ?」
グレッグは、木桶をジュリアスの脇に置いた。そして、床に転がったままの体を起こす。ジュリアスは腰が浮いた体勢で両膝を床に付き、前屈みに倒れたポーズを取らされた。上半身を支える両腕がないため、頭を床に付けてバランスを取らざるを得なかった。
「へへへ。どうだ、ゴールデンフォックス。クソを見られる気分は? え?」
「……」
グレッグの問いかけに、ジュリアスは沈黙で答えた。
テッドが、親指に力を入れた。秘肛に指が埋まって行く。周りの皮が指に引きずられるように、穴の中に集まった。
「くっ、…う、あ……や、やめ……」
ジュリアスが、くぐもった声を上げた。
テッドはもう片方の手で周囲の皮を引っ張り戻し、さらに肛門に指を突き進めた。筋肉が硬く締まり、ジュリアスの腰が浮いた。構わずにテッドは、そのまま親指の根元までを体内に突っ込んだ。
「あああっ!」
悲鳴を上げて、ジュリアスは額を床に擦り付けた。
「そらそら、どうだ」
テッドは、指を飲み込んでいる穴の周囲を、くすぐるように別の指でなぞった。
「あーっ、ああ…っ、もう、も……う、は、ああ、あ……」
ジュリアスの腹で音が鳴った。大腸が活動し、動いている。
「ん? 何かゴロゴロ音がしてきたな」
「へへ。もうすぐ垂れ流すぜ。楽しみだな」
言いながら、グレッグはジュリアスの頭を持ち上げた。前髪を掻き上げ、脂汗が滲む顔をむき出しにする。
「我慢したって、いつかはヒリ出すんだ。恥かくのは早いほうがいいだろう」
「……み、見るな……。た、頼むから……」
「ほら、出しちまえ。楽になるぜ」
内側の壁を揉みほぐすように、テッドの指が屈伸する。放射線状の皺が醜く歪み、いびつな形に捻れる。中を大きく掻き回され、ジュリアスは鳥肌を立てて喘いだ。
「ああっ…も、もう……だめっ、だめだ、から……み、見ないで! はあああっ!」
瞬間、テッドは親指を引き抜いた。
「おっ、出てきた出てきた」
「ああーっ! 見るなァっ!」
括約筋の力が解き放たれ、おぞましい音とともに悪臭を伴った液体状の便が噴出した。
ジュリアスは悲痛の表情でうなだれた。しかし彼の赤恥を晒す水混じりの軟便は、容赦なくボトボトと木桶の中に流れ落ちて行く。
残酷なキャンドルの炎が、はっきりとその様子を照らしていた。
「くせぇ〜」
グレッグとテッドは、大声で笑いながら鼻を摘んだ。
ボギー・デッドマンは、チェアーで表情ひとつ変えなかった。
その後、ジュリアスは別の場所に運ばれた。
そこは、誰かが娼婦を連れ込んだ時に利用する部屋だった。
「どうした? 口もきけねえぐらい、こたえたか? だらしねえ野郎だな」
デッドマンは、軽くジュリアスの頬を叩いた。振動で、湯がパシャッと音を立てる。
「……」
ジュリアスは黙ったまま、ブリキのバスタブの淵に頭をもたせかけた。沸かしたての湯が肌に心地よかった。
「クックック。時々は奴らにも遊ばせてやらねえとな。せっかくのペットだ」
「……もう、充分じゃないのか」
「何がだ?」
「殺せ。手間がかかるだけだろ。……俺は」
「その手間を楽しんでるんだ。お前のことは俺が決める。何度言えばわかる?」
「みんな狂ってる。南部から西部に流れて来た奴は」
「フフ。お前の話は面白い。続けな」
デッドマンはバスタブを離れ、ベッドに腰を下ろした。ポケットから葉巻を取り出し、口にくわえる。そしてブーツの底でロウマッチを擦り、すでにカットしてあるフットに火をつけた。
ジュリアスは再び沈黙した。代わりにデッドマンが口を開く。
「敗北が、俺たちを狂わせたと言いたいのか?」
「大佐がアウトローになる時代なんかおかしいって、プラムリーさんが嘆いてたぜ」
「ハッハッハ、あいつとそんな話をするのか。気が合うようだな」
「彼はあんたを心配してるんだ。少なくとも、俺がここに来てからはな」
ジュリアスは目を伏せた。
この屋敷で暮らすようになって、数ヶ月が経とうとしていた。ロッキー山脈の中腹で意識を失い、目覚めた時は部屋の中にいた。野外で最後に見たものは、血の海の中で切り離された腕と、切り口からぷらぷらとぶら下がった紐のような数本の血管だった。
あの場に、元南軍の軍医がいたことがジュリアスにとっての不運だった。すぐに露出した動脈の血止めが行われ、彼の命は危機を脱したのである。そのことを、どれだけジュリアスは怨んだことだろう。
デッドマンは黙って煙を吸い込んだ。ジュリアスは呟くように言葉を続けた。
「南部同盟の輝かしい時代はもう戻って来ない。南部の男は、死に場所を求めてこっちへ来たようなものだ。狂うのは当然かもしれない。ただ……」
「ただ?」
「俺を殺せば、まだ間に合う。馬鹿な真似はやめて、やり直したほうがいい。あんたを慕っている人たちがいる限り」
「フッ、説教か。これだからアイリッシュは困るな。一人残らず敬虔なカトリックときてやがる」
デッドマンは立ち上がった。ゆっくりとバスタブに歩み寄り、ジュリアスを見下ろす。
突然、デッドマンはジュリアスの両脇を抱え上げ、湯から引き上げた。大量の湯がバスタブから音を立ててあふれた。
全裸で立ち上がったジュリアスが、雫を滴らせながらデッドマンを見据えた。
「俺を殺せ。そして残りの人生で、罪を償え」
「そういう目で俺を見るなと言ったはずだ。ジュリアス」
デッドマンは、ジュリアスの体を引き上げた。細い体が、水しぶきを上げてデッドマンの腕に抱え上げられる。デッドマンはそのまま踵を返し、ジュリアスをベッドの上に投げ落とした。
そして濡れた体を俯せに押さえ付けると、デッドマンはベルトを外し、ジーンズの前ボタンを開けた。
「や、やめろ!」
「いいか。神なんざどこにもいねえ。それをわからせてやる」
圧倒的な力でジュリアスの背中を支えながら、尻肉の谷間にオリーブオイルをとろとろと垂らす。
ランプの明かりに晒された菊門が、ぬらぬらとぬめって行く。デッドマンはその中心に、自らの分身をあてがった。
「いやだっ! それだけは……」
「クックック。さっきので中身は空っぽだろう。奥までぶち込んでやるぜ」
そう言うと、デッドマンは尻に密着させた腰を沈めた。
「ぎゃああああっ!!」
悲鳴が部屋に響きわたった。強制排便で入り口が緩んでいたとは言え、指よりも太く硬いものが外から侵入したのである。初めての痛みだった。
ジュリアスは腰を引こうとした。が、がっちりと両手で固定され動けない。上体を支えることもできず、肩を左右に振ることしかできなかった。
デッドマンは深々とペニスを突き入れ、すぐにゆっくりと腰を戻した。
「ああ……」
排便と同様の快感がジュリアスを包んだ。押し込まれる痛みには耐えられなかったが、抜かれて行く感覚は、ぶるぶると震えるほどの官能を彼に与えた。天国と地獄を交互に味わわされながら、ジュリアスの心は高ぶっていった。
「フフフ。どうした? 悶えてるじゃねえか。気持ちいいのか?」
「は、背教者め……」
「お前も同じだ。クリスチャンネームなんざ、捨てちまえ」
「ああっ、はっ、あ……、ああ、ああっ」
デッドマンは、飢えた獣のように男肛を貪った。激しいピストンが続けられる。デッドマンが腰を引くたびに、ジュリアスの直腸の一部が外にはみ出すように捲れ上がった。秘穴を蹂躙する異物感は、徐々にジュリアスの自尊心を踏みにじっていく。
「ああっ、ああああっ、あーっ、ああーっ!」
ジュリアスは、水滴を散らしながらブロンドを振り乱した。声を上げずにはいられなかった。
やがて、彼の中に白い欲望が注ぎ込まれた。腸内が淫汁で満たされる。内臓でその熱さを感じ取り、ジュリアスは呻いた。
最後の快感とともに、ずるりと肉棒が引き抜かれる。
ジュリアスは力なくベッドに倒れ、尻穴から精液を垂れ流した。
「出たり入ったり、大忙しだな。ハッハッハ」
「う、うう……」
デッドマンはジュリアスの足首にロープを巻くと、ベッドの脚に縛り付けた。そして彼をそのまま放置しながら、バスタブの湯で性器を洗った。
ジュリアスは、ベッドに横たわったまま窓の外を見つめた。夜空に星が瞬いている。
あの日、ボギー・デッドマンの罠にはまらなければ、自分はこの空の下で風を感じながら、同じ星を眺めていただろう。僅か数ヶ月前の記憶が、彼を苦しめた。
絶望に染まった意識の中で、ジュリアスは自らの運命を呪った。
(了)
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