ナミダ
彼は微かに、痛いと言った。
でも嬉しい。そう続けた。痛くされることは嬉しい、と。
俺は彼の胸に唇を滑らせ、やがて到達した突起の部分に歯を立てた。
「う…あっ」
彼は身をよじって悶えた。両腕が、一瞬拒否するように宙をまさぐった。
しかしその両腕は、俺の顔を払い除けることはできないのだ。
俺に届かない二本の棒は、ぱたぱたと車のワイパーのような動きをして、ベッドの上にドサッと落ちた。
俺は乳首から口を離すと、彼の腕の途切れた先端を口に含んだ。
美しかった彼の指。もう二度と見ることができない手。
性器を舐めしゃぶるように、俺は棒の先っぽを愛撫した。
同時に両手を使って、再び乳首を刺激する。左右の乳首を指先で擦った。
「ああ……」
彼の腕に力が入る。筋肉の動きが唇に伝わる。
俺は飽きもせずに、その行為を繰り返していた。
*
交通事故で両腕を切断したと、電話で聞かされてはいたものの、実際に彼の姿を見た時は、やはり驚きを隠せなかった。
長袖のシャツは、肘の辺りから下はただの布切れとなっていた。彼が動くたびに、カーテンのようにはためいた。
「絵はどうやって?」
俺は尋ねた。彼は微笑みながら、
「ペンを口でくわえて。まだ足の指はうまく使えないから」
と、言った。
「見たい? 描くところ」
「描きかけのファイルでもあるならな」
「そういうわけじゃないよ。興味あるかと思ったからさ」
彼はストローをくわえて、テーブルのアイスコーヒーをちゅるちゅると吸った。
こんな形で、彼の部屋を訪ねる日が来るなんて、思ってもいなかった。
*
縛る必要のなくなった腕をそのままに、俺は彼の背中に鞭を叩き落とした。
痛いはずがない。オモチャのようなバラ鞭だ。それでも彼は喜んだ。
介護が必要な彼の体に、傷をつけてしまうわけにはいかなかった。
彼は事故の後、会社を辞め、この家で家族と暮らしている。
階下には、彼の家族が眠っている。大きな音も立てられなかった。
しかし俺は、彼の気持ちに応えたかった。
悩みぬいて、俺に真実を打ち明けてくれた彼の気持ちに。
俺は、バラ鞭の柄の部分を、彼の下半身に近づけた。
谷間の中心の粘膜に触れた途端、彼は小さく声を上げた。
「どうした? 相変わらず敏感なままか?」
俺は尻たぶを左右に開き、そこを凝視した。ひくひくとうごめく排泄物の出口。俺だけがこの場所を、入り口として使用できるはずだった。
「あれからどうしてたんだ? 誰かのモノをくわえ込んだか」
「そっ…んな……。ご主人様、だけです……」
「二年も間が空いてたのにか。お前のココが我慢できるはずないだろう」
俺はバラ鞭をベッドの上に置き、爪の先で皺をなぞった。広がったりすぼまったりしながら、彼のそれは明らかに俺の侵入を待ち構えていた。
「だから辛かった。会いたかった。ずっと……ずっと、会いたかった」
彼はそう言って、うつ伏せのままぐっと尻を突き出して来た。
上半身を支える術のない彼の顔は、枕に押しつけられている。
俺は彼の髪の毛をつかみ、顔を持ち上げた。そして口を開けさせ、俺のモノを頬張らせた。
彼は、水を舐める犬のように、俺にむしゃぶりついた。
*
彼のサイトの更新が停止してからというもの、俺は何度かメールを出した。
しかし、返事は来なかった。俺は嫌われたものと諦め、ブックマークから彼のサイトを外した。
それでも時々は検索で調べ、サイトを覗いていた。彼の動向が気になったからだ。
ギャラリーに絵が増えなくなったと同時に消えた掲示板。それがいつの間にか復活していたらと思うと、胸が詰まった。彼が誰かと楽しそうにレスを付けあっていたら、嫉妬で苛つくことは目に見えていた。
しかし、消えた掲示板はそのままだった。俺はそこに僅かな期待を持った。俺だけが彼の中から弾き出されたわけではないのだと。
何らかの事情で彼は、インターネットに興味を失ったのだろう。そう思うことにした。
突然死。それも考えた。作者が死亡し、サイトは更新されずにそのまま残っている。あり得ないことではない。
ゲイであることを、彼が家族にカミングアウトしていなかったら尚更だ。
彼がゲイでなければ、サイトを開設することはなかっただろう。男の肉体美や、男同士が絡んだ刺激的な絵を、彼が発表することはなかっただろう。
そして俺は、彼を知ることはなかっただろう。
彼がゲイであるように、俺もゲイであったから。
そして俺は、彼が望んでいたことをしてやることができる性癖を持っていたから。
音信不通になって、一年半が過ぎた。
俺と彼が求めあった夏の日からは、二年が過ぎていた。
*
俺はゆっくりと、彼の肛門に体を沈めた。
「ぐ、う、う……」
穴がじわじわと広がる度に、彼はベッドに顔を押し当てて呻いた。
「フン。やっぱりガバガバじゃないか。他の男のをくわえ込んでたんだろ」
それは嘘だった。括約筋は、痛いほどの強さで俺を締め付けている。
「そんな……。あれ以来、一度も、そんなこと……」
「どうだかな。使い込んだ色になってるぜ」
「ああっ、違い…ます…」
「お前が描くような巨根の男に、毎晩弄ばれてたんじゃないのか? そうじゃなきゃ、こんなガバガバなわけがないもんな」
俺は一旦腰を引き、弾みをつけてズブッと押し入った。
「くああっ!」
「どうだ? 白状する気になったか?」
再び、ゆっくりと抜く。排泄にも似たこの感覚が、犯される者にはたまらないはずだ。
「あっ、あ、あー、あー、あー……」
彼は肩を震わせ、恍惚に浸っている。
激しく根元まで突き刺し、ゆっくりと抜く。この繰り返しを彼は好んだ。
入り口がギュウギュウ締まり、俺も快楽の波に持って行かれそうになった。
「言えよ。他の男にやられてましたって」
「そんなこと、本当にありません……信じてください……」
必死で俺に訴える彼の声に、呆れるほど単純に俺のペニスは反応した。プレイだとわかっていても、サディスティックな気分が誘発される。
「白状しろよ」
「許してください……」
俺は、両手で彼の腰をつかみ、激しいピストンを見舞った。
「ああっ! ああ、あー、いいっ! 気持ちいいーっ!」
「言わないなら、拷問してやる。それでもいいんだな?」
「あああっ! お願いします! ご主人様っ、ご主人様ーっ!!」
貫かれながら、彼は頭で上半身を支え、両腕を翼のように振った。
すぐに俺は、彼の中にぶちまけた。
*
初めて会った夏の日。
俺は、彼の手足を拘束し、その肉体を虐めぬいた。
鞭で尻を叩き、乳首にクリップを挟み、局部に熱いロウを垂らした。
彼は泣き叫びながらも、歓喜の涙を流した。
ずっとこうされたかったのだと、俺に言った。
だから、絵を描いていた。物心ついた頃から、理想を絵に描いていた。
自分から絵を描くことを奪ったら何も残らない。思いを吐き出すことができずに死んでしまう。
その言葉を聞いていなかったら。
サイトの更新が止まったとしても、不思議には思わなかったと思う。
*
「傷が残る責めだけが拷問じゃないんだぜ。それぐらいわかってるよな」
俺は、オイルをたっぷりと手に取り、彼の性器の先端に塗り付けた。
脚は大きく開かせ、ベッドの脚に括りつけた。閉じ合わせることはできない。
腕は拘束する必要がない。彼はベッドで大股を開いて、俺の前にすべてを曝け出していた。
俺は彼の亀頭を掌で包み、オイルをまんべんなく擦り付けた。ヌルヌルと面白いように手が滑る。
「ああ…っ、やめて、強すぎる……」
彼の左腕がぱたぱたと上下した。
俺はゆっくりと指を動かし、敏感な箇所をなぞった。
「ひあぁっ」
大声を出しそうになり、彼は枕に顔を埋めた。
俺は躊躇なく彼のペニスを剥き上げ、膨張した亀頭に指を滑らせた。最初はゆっくりと、徐々にスピードを上げて、重点的に擦り上げた。
「い、いやっ。もう…だめっ、出ちゃうぅっ!」
彼は体をびくびくと震わせ、俺の掌の中に射精した。どろどろと濃い精液だった。
俺はタオルで手を拭くと、再びオイルを手に取り、萎んだ亀頭に塗った。
「だめっ! 今、触らないで……」
「何言ってんだよ。これからだろ」
「やめてっ! くすぐった……い、やっ! だめっ、やめてェーッ!」
「うるせえな。下に聞こえるぞ」
「はっ、はっ、だめっ! だめだめだめ、本当にダメッ」
「一回イッた後の拷問は辛いよな。こんなふうに擦られたらさ」
「ヒッ! ヒーッ!」
彼は半分の長さしかない腕を使い、自らシーツを口に押し込んだ。
俺は暴れる体にのしかかり、オイルを追加してペニスをしごいた。彼の腰は激しく波打ち、くぐもった悲鳴が漏れた。
俺の手の中で縮んだままのペニスが、少しずつ硬さを取り戻した。
俺は、それを口に含んだ。
「ああぁっ!」
のたうち回る彼を無視して、俺は萎んだ亀頭を舌でしゃぶり上げた。精液の味が強かった。射精したばかりのモノを舐めるのは、俺自身、初体験だった。
再び、彼の性器は勢いをなくした。恐怖に縮こまっているような感じだ。
構わずに俺は、柔らかいままのソレを吸った。唇を窄ませ、チュウチュウと音を立て、搾った。
「お願い、お願いだからもうっ」
彼の目に涙が滲んでいた。俺は片手で彼の口を塞ぎ、同時に激しく顔を上下させた。
「グムウゥーッ!!!」
敏感な皮膚の表面を、容赦なく唇でしごく。
イッた後の強制フェラは、彼を獣のように吠え続けさせた。
とろりと生温かい精液が俺の喉に流れて来たのは、彼が狂乱して10分後のことだった。
彼の目に浮かんでいた涙が、頬を伝った。口の端からは涎が垂れ、彼は惚けたように天井を見つめていた。
もう一度、同じことを繰り返してやりたかったが、彼の体力を考え、俺は身を引いた。
*
突然、彼のサイトのギャラリーが更新された時、俺は驚いた。
絵柄が変わっている。まるで別人の描いた絵だ。
俺は迷った。連絡を取りたい。空白の時間に何があったのか知りたい。
しかし今さら、俺がメールを出したところで、向こうは俺を覚えているだろうか。
ゲイにとって、会って二人で盛ることなど当たり前だ。いちいち相手を覚えていることなどないのではないのか。
俺はしばらくの間、何のアクションも起こせなかった。
しかし、ある日。
新しく更新された絵を見て、俺の心が騒いだ。
俺は何かに導かれるように、彼にメールを書いた。
そして、返事はその日のうちに来た。俺の携帯に、電話がかかって来たのだ。
二年前と変わらない、懐かしい彼の声だった。
孤独なリハビリに耐え、再び立ち上がった彼は、俺に会いたいと言ってくれた。
そして俺は、彼の家に呼ばれ、今ここにいる。
*
俺は彼の隣に寝そべり、二人で毛布を被った。
彼は相当疲れたようで、身動きひとつしなかった。
俺は彼の髪を撫でた。途中までしかない腕を握りしめ、体を抱き寄せた。
「ねえ」
彼が口を開いた。
「何?」
「どうして、メールくれる気になったの?」
空白の二年。途切れた俺たちの関係。それを繋いだのは、俺のメールだった。彼はそう思っている。
でも、本当は違うんだ。俺は、彼の唇に自分のそれを重ねた。
「泣いてる男の絵。あっただろ」
「うん……。最近のやつ」
「あれで、わかった。お前が泣いてるって」
「えっ」
「泣いてるのは絵の男じゃない。お前なんだって。お前が助けを求めてるって。そう思った。だから」
彼の作品が、俺を駆り立てたのだ。彼本人が無意識に出していたSOS。独りでは生きられない。誰かにそばにいて欲しい。その思いを、俺は受け止めた。
これからは、いつもそばにいる。
家族のような介護はできないだろうが、彼の心の支えになりたかった。
手を失って、それでも絵を描くことを諦めなかった彼を、励まし続けたいと思った。
お前が絵を描き続けることを、応援する人間がここにいると。
お前が頑張って生き抜くことを、喜ぶ人間がここにいるのだと。
(了)