人間便器

会社の同僚たちと居酒屋で飲んだ後、僕はうっかり終電を逃してしまいました。
仕方がないので、駅前まで歩いてタクシーを拾おうと、暗い夜道を歩いていました。
その時、不意にガードレールに腰掛けていた男に声をかけられたのです。
「おニイさん、酒飲んでるね」
大学生ぐらいに見えました。僕よりも少し若い感じがしました。
カツアゲでもされるのかと思い、僕は卑屈な態度で何度も頭を下げ、適当に通り過ぎようとしました。すると男は、
「小便したくない?」
と、尋ねてきました。
確かにビールをたくさん飲んだし、もよおしているところです。
僕は不審に思いながらも、
「まあ、したい…ですけど」
と、答えました。
タクシーに乗ってしまうと、自宅に着くまで一時間はトイレに行かれません。
どこかで済ませてから帰宅したいものです。
男は嬉しそうに笑いながら、
「こっちおいでよ。便所があるからさあ」
と、僕を手招きしました。
わざわざ道で人を呼び止めて、トイレに連れていくなんて怪しすぎます。
しかし僕は酔っていて、著しく思考能力を失っていました。
言われるままに男についていくと、男は公園に入って行きました。
男はどんどん公園の奥へと進み、やがて木陰に佇んでいる段ボール箱を指差しました。
「あれが便所だよ。小便できるぜ」
その時、僕は背後にもう一人の気配を感じました。
別の男が僕の肩に手を回し、体をがっちりと支えています。
ようやく話がおかしいことに気付きましたが、もう間に合いません。
僕は男たちに抱えられるように、その段ボール箱まで歩かされました。
段ボール箱は、引っ越しの時にしか使わないような大きなサイズでした。
僕は箱に近付き……中を見てびっくりしました。
中に、人間が、全裸で縛られたまま丸まっていたのです。
若い男のようでした。アイマスクを装着しています。白い縄が体に食い込んでいるのが、薄闇でもよくわかりました。
「おい。お客様が来たぜ」
僕の左側にいる、途中から現れたほうの男が、段ボール箱の男に声をかけました。
そして僕の耳もとで、
「こいつは人間便器なんだ。あんたの中のもん、全部きれいにしてもらいな」
と、囁くのです。
僕の中のものと言われても、したいのは小便だけです。
それを、この男にかけろというのでしょうか。
僕はよろめきながら逃げようとしました。しかし、逃げ出せるはずもありません。
突然、右側の男が僕の両腕を後ろに回しました。
両方の手首を一緒にして、すごい力で掴んでいます。腕が折れそうな気がして、僕は呻きました。
「怪我したくなかったら言う通りにするんだ。こいつに小便をぶちまけな」
男がそう言うと、左側の男が僕のズボンのファスナーを下ろしました。
「あっ、じ、自分でやります」
僕はか細い声で訴えましたが、男はやめてくれません。あっという間に僕の息子が外へ引っ張り出されました。
縮こまっていて、小便すら出ない気がしました。しかし男に、
「早くしろ。膀胱押してやろうか」
そう凄まれ、僕は諦めて小便を出すことにしました。
性器は、左の男の手で支えられ、すでに狙いがつけられています。
僕は目をつぶって、段ボール箱の中に排尿しました。
小水が排出されるシャーという音と、物体に水が叩き付けられる音がしました。
僕は人間に向かって、オシッコをかけているのです。
臭気がその場を包みました。そこにいる三人の男に自分の排泄物の臭いを嗅がれていると思うと、恥ずかしさに消え入りたくなりました。
しかし次の瞬間、僕は一瞬で羞恥心など忘れさせられる羽目になりました。
僕の腕を拘束している男が、突然、僕の腹を殴りつけたのです。
「うぐっ!」
僕は唸りました。言う通りにしても、結局はボコボコにされるのだと思いました。
「一回じゃ出ねえか」
言いながら、男がもう一発、僕の胃のあたりにパンチを食らわせました。
僕は口の中に込み上げて来るものを感じました。
居酒屋で、さんざん飲み食いした後です。胃の中には、まだ食べ物が消化されずに残っています。
それを吐き出してしまいそうになり、僕は夢中で堪えました。
しかし男は楽しそうに笑いながら、
「我慢するなよ。出しちまえ。こいつにぶちまけろ」
そう言うのです。僕は背筋が寒くなりました。
『あんたの中のもん、全部きれいにしてもらいな』
という言葉の意味が、うっすらと理解できたからです。
僕の腹は繰り返し殴られ、僕はもう少しで吐きそうなところまで追いつめられました。
「遠慮すんなよ」
男の一人が、僕の口をこじ開けました。
そして、節くれだった指を僕の口の中へ侵入させてきます。
「オッ、オオオッ!」
喉の奥まで、男の指が詰め込まれました。
「うぷっ。お、オエーッ!」
男の指が抜かれました。続けて僕は頭が真っ白になったように、胃の内容物を口から吐き出しました。
酒を飲んだ後の、胃液と混じったゲロ。それが小便と混じり、物凄い臭いになっています。
自分の体から出たものとは言え、僕は鼻が曲がりそうになりました。
「おい、見てみろ。あんたのシャワーを浴びたこいつを」
男に言われ、僕はおそるおそる目を開けました。
僕のオシッコとゲロを浴びた男は、箱の中でもぞもぞと動いていました。
そして驚いたことに、その股間は隆々と勃起していたのです。
僕は我が目を疑いつつ、男から目を離すことができませんでした。
「ハハハハッ、どうだ? サラリーマンの汚物の味は?」
左側の男が笑いながら、段ボールの中に手を伸ばしました。
僕がぶちまけたものを指ですくい、男の顔に塗り付けています。
そして更に、吐瀉物が付着したその指を男の口に近づけたのです。
男は舌を出し、それをきれいに舐め取りました。
気持ち悪さに、僕は再び胃液が上がって来るのを感じました。
その時でした。箱の中の男が呻きながら言葉を発したのです。
「もっと……」
もっと。もっとという声が、確かに僕の耳にも届きました。
しかし次の瞬間、立っていた男が、
「便器が口きいてんじゃねえッ!」
と、箱の中に片足を叩き落としました。革靴のかかとが、男の体にめり込みます。
「うぐぅ」
一瞬、小さな悲鳴が聞こえ、男は静かになりました。
僕はガタガタと震えながら、この異常な状況を凝視していました。
箱の中の人は、喜んでいる。僕にオシッコやゲロをかけられて、興奮している。
変態とかフェチとか、そういう類いの人が存在することは知っていました。しかし、まさか自分がそれを目の当たりにするとは思いませんでした。
その時、現実に対応できずにオロオロしている僕のズボンを、二人の男が脱がせにかかりました。
「や、やめてくださいっ!」
ケツを掘られる。とっさにそう思いました。どんなことをしても、それだけは阻止しなければなりません。
しかし、男たちの圧倒的な力で、僕の体は草むらに押し倒されました。
「やめてっ! 誰か、誰かーっ」
叫ぼうとした口を手で覆われ、僕はあっという間にスーツの上下とワイシャツをひん剥かれてしまいました。
そして両手を後ろに回され、ガムテープをぐるぐると巻かれたのです。糊が産毛に貼り付いて、痒いような痛いような感覚です。
僕はすべてを脱がされ、靴下と靴だけという情けないスタイルになりました。こんな格好を他人に見られたことなどありません。
「悪いな、おニイさん。服が汚れるからよ」
男の一人がそう言って、僕を俯せにしました。
このままバックから犯される……そう思ったら、悔しくて涙が滲んできました。
しかし次の瞬間、僕のお尻に細い棒のような物が触れました。男の指でもアソコでもない、硬い感触です。
ウンチの穴にそれが触れた時、僕は悲鳴を上げました。
棒のような物はツプッと僕の肛門に入りました。
それがイチジク浣腸だということを理解できたのは、その直後でした。冷たい液体が直腸に染み渡ったからです。
「あはぁー」
僕は妙な声を上げて、尻の穴に力を入れました。
真夜中の公園で、見知らぬ男たちに押さえ付けられ浣腸されている自分の姿を思い浮かべると、怒りよりも笑いが込み上げてきてしまいました。
「少し我慢してくれよ」
イチジク浣腸が抜かれた後、男は僕の尻をぺたぺたと叩きながらそう言いました。
急に、お腹が痛くなって来ました。
便意が下腹部から沸き起こって来ます。
僕はもじもじと腰を動かしながら、起き上がろうとしました。
そんな僕の体をがっちりと押さえ付け、男たちは、
「まだまだ。もっと我慢できるだろ」
と、言いました。ニヤニヤと笑っています。
どうして僕がこんな目にあわなければならないのでしょうか。
僕は草むらに横たわったまま、ピクピクと震えて、便意を堪えました。
このウンチも、箱の中の男にぶちまけるんだ……。
そう思いながら、僕は自分自身の妙な感情に気がつきました。
なぜ、僕はワクワクしている?
淡い期待が、心の中に花開いていました。気持ちいいかもしれない、という。
糞をかければ、彼はもっと喜んでくれるかもしれない。股間を膨らませ、もっと、と僕におねだりをするかもしれない。
それが、僕は、とても、嬉しい。
自分の気持ちに愕然としました。認めたくない感情でした。
僕は酒に酔っているんだ。僕は変態じゃない。頭を地面に打ち付けながら、僕は自らの思考を否定しようとしました。
「よし。そろそろいいだろう」
男たちが、僕の体を起こしました。
僕は後ろから男たちに抱え上げられ、お姫様抱っこをされながら、段ボール箱の中に尻だけを差し込みました。
便意は限界まで来ています。
「いいぞ。出せ」
男が命令しました。
僕は、言われた通りに尻の力を抜きました。
ブバッ。ブバババッ。
激しい音がして、僕のウンチが肛門から発射されました。
箱の中に背中を向けていますが、中の男がそれをかぶっていることは明らかでした。
鼻を摘みたくなるような臭気が漂いました。我ながら、すごい臭いです。
「どうだ、嬉しいか」
男の一人がげらげらと笑いました。
最後の一滴まで出し切ると、僕の体は草むらに降ろされました。
僕は立ち上がりながら、おそるおそる箱の中を覗き込みました。
浣腸液と糞便でドロドロになっている男……を想像していたのですが、茶色い固形物はどこにも見当たりませんでした。
かなりの量を排便したはずなのに、どういうことなのでしょう。
すぐにそれはわかりました。
箱の中の男の口の周りに、僅かにそれが付着していたからです。
彼は、僕の肛門から直に……。
「ありがとな、おニイさん」
僕を抱えていた男が、ウェットティッシュを差し出してくれました。
僕は、汚れないように畳んでおいてくれた衣服の元へ行くと、ウェットティッシュで尻を拭き、慌ててパンツを履きました。
その間も、二人の男は口汚く彼を罵っています。
「クソまみれで嬉しいのか? ブタ以下だな、こいつは」
「そんな格好、昼間のあんたの部下が見たらどう思うかね」
僕が服を着て終わるタイミングで、男の一人が僕に万札を握らせました。
僕は逃げるようにその場を立ち去り、一度も振り向きませんでした。
あれから数カ月。
僕は、顔も見られなかった「彼」のことが忘れられず、過ごしています。
何度か、深夜にあの公園を尋ねてみましたが、彼に会うことはできませんでした。
トイレへ行く度に、あの日のことが思い出されます。
生まれてからずっと何とも思っていなかった排泄という行為が、あの日を境に甘美な妄想を僕に運んでくるようになったのです。
便器を見る度に……。
そこに彼がいたら。僕はうんと優しくなれるのに。そう思うのです。
(了)